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八九三の女

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[ドライブ日和]



まんじりともせずに社長は今日という、朝を迎える

ブラインドカーテン越しの僅かな陽射しを眺め
その鼻先を埋める少女の首筋にそっと、唇を寄せた

微かに寝息を乱し、反応する少女に社長は瞼を閉じる

見事に天気予報が外れた休日
夜通し降り続いた雨は、今日一杯を覆して朝方には止んでしまった

雨嫌いを理由に言い訳も出来たのに
矢張り、これ以上は先延ばす事は出来ない

「今日一日、俺に付き合ってくれないか?」

遅めの朝御飯後
食べ終わった食器を重ね、運んできた少女に言う

スポンジ片手に少女から食器を受け取り
社長は水道の蛇口を上げる

態態、お伺いを立てるのは叔母の事があるからだ
最近は叔母のマンションに行く頻度も減った
何故なら運転手兼社員(以下、社員)が手取り足取り、指導している

叔母と社員の関係については
月見里君の為にも真相を明らかにしたいが中中、切り出せない
返事を待つ、社長の顔を見つめて少女は無言で頷く

社長に相談するのも違う気がする

さてと、休日の社員を呼び出す訳にもいかない
だが、足である自車も自車の鍵も社員が管理している

それならば、と頓車を呼ぶ事にする

と、居間のローテーブルに置いた携帯電話を手にするも
肝心の頓車会社の営業所番号が分からない

それならば、検索しようと携帯電話そっちのけで
電話帳なんかあったかなあ?
と、部屋中を彼方此方、探し回る社長の様子に少女は思う

普段の社長とは思えない程
テンパり具合、段取りの悪さは否めない、なにか変だ

不意に部屋のインターホンが鳴り響けば
「あれ、頓車来た?」と、頓珍漢な事を口にする社長に
少女は頭を振って否定する

そうして居間の扉を閉める瞬間
「つか、電話帳見つかんねえな」と、呟く社長の声に愈愈、不安になる

後ろ髪を引かれる思いの少女を余所に
執拗に押されるインターホンに苛立ちながら玄関扉を開けた

「サ~プラ~イズ!」

声を揃えて言う叔母と社員の姿
インターホン連打は叔母の仕業か、と少女は納得するも
なんともタイミングが悪い

叔母は手にした保冷バックを
少女の目の前に翳して、満面の笑みで見せびらかす

「ポテトサラダに挑戦したよ~」

「朝一で?」

其れとはなしに尋ねる少女に
其れとはなしに「そうだよ~」と、叔母は答える

なにかに気付いた少女は一呼吸置き
今度は同じ質問を隣でにやける社員にする

「朝一で?」

「おう!」
と、返答しそうになって社員も気付いたのか
慌てて両手の平で口元を覆う様子を不思議そうな顔で叔母が仰ぐ

朝から、一緒にいたのか?
それとも、前の晩から一緒にいたのか?

何れにせよ、これ以上は知らない振りは出来ない

取り合えず、あわあわする社員は放置
「一緒に食べよう~」と、無邪気に誘う叔母に頷くも

今は社長の動向が心配だ
月見里君には申し訳ないが二人を追及するのは後回しにしよう

徐に靴を脱ぎ始めた叔母に
社員は「出直そう」と、耳語するも少女は強引に叔母の手を引っ張る

「千~、待って、靴が~」

脱ぎ損ねる
もう一方の靴を社員が叔母の身体を抱き抱え脱がそうとするも
間に合わず、廊下を突き進む少女にそのまま付いていく

そうして叔母の手を引く少女と共に
叔母を横抱きに抱えて、居間に入ってきた社員の姿を見止め
社長は暫し、言葉を失うも

「まあ、いいか」

と、独り言ちる

「お前、車乗って来たか?」

叔母をカウチソファに座らせ、その靴を脱がす社員に聞く

「え、自車っすか?」

「ん」

「なら、地下の駐車場っす」

「あ?鍵は?」

社長の問いに首を傾げるも
社員は叔母の靴片手に居間の扉を開けて、玄関先へと向かう
無言で後に続く社長に、そこのコートラックを指差す

「ここっす」

成る程
自分で取り付けたのか

コートラックの支柱に
フックネジが無造作に突き刺さり紐で結んだ自車鍵がぶら下がっていた
因みに玄関扉は暗証番号式の、カードキーだ

三和土に叔母の靴を揃えて置く社員がズボンのポケットを探り
「自分のは予備っす」と、家の鍵と一緒に括られた、予備の鍵を見せる

差し出された予備の鍵に目を落とすも
社員の怪訝そうな視線に気付くと後頭部を掻き揚げ、呟く

「頓車呼ぶ手間が省けた」

「頓車?」

「営業所の電話番号が分かんねえんだよ」

「検索したんすか?」

「検索しようにも見つかんねえんだよ」

「見つかんないって、なにが?」

「電話帳」

表街ならいざ知らず
裏街には配布されないだろう、と社員でも気付いた

そんな事、知らない社長じゃあるまいし

廊下を引き返していく
普段以上に幽鬼度が増した社長の背中を眺めるも、嫌な気分だ

居間に戻るなり
ポテトサラダ入りタッパーウェアを冷蔵庫に仕舞う少女に詰め寄る

「今日の社長、おかしくないか?」

無言で頷く少女の一瞬の
心細い眼差しを受けて社員は頷くと、そちらに視線を向けた

引っ繰り返し、漁った雑誌ストッカーを片付け始めた社長に
唯一人、なにも感じ取らない叔母が話し掛ける

「社長、免許持ってるんだね~」

叔母さんが言うな、と社長は心中で突っ込む

「運転手兼鞄持ちだ」

公生活も私生活も、ない
祖父と過ごした日日が遠い昔の事のように思い出される

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫