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八九三の女

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[目撃]



泣いて咽喉が乾いたのか
千が注文したオレンジジュースを飲み、叔母が言う

「あたしの夢はなんだって、社長きいたよね?」

ツリーの飾りが付いたストローを咥えたまま首を傾げる

「一番の蝶になって」
「一番の男を手に入れて」
「一番の、千の家族になる事」

社長には少女と叔母は十分、家族に見える
だが、少女の一番近くにいる叔母は不充分なのだろう

「ね、千の一番の家族になったら」
「千、一緒にファミレスいってくれるかな~?」

直ぐ隣で無邪気に笑う
叔母に社長はソファに凭れたまま、気怠い視線を投げる

涙で落ちた化粧塗れの頬に手を伸ばす
叔母は一瞬、硬直するが頬を拭う社長をゆっくりと見遣る

自分を眺める、物憂げな目に釘付けになる
軈て、親指の腹で下唇を撫でられ叔母の唇が無意識に開く

突如、叔母は社長の手を叩き落とし燥いだ声を上げる

「千~!」
「おそかったね~!」

社長が腰掛けるソファの後ろに佇む少女の姿に気が付いた
階下と二階席を繋ぐ唯一の、中央階段を背にしているせいで

店長といい
叔母といい
少女といい、悉く背後を取られる

「叔母さん、顔」

それだけ言う少女に叔母は両手で顔を隠す

「なになに~?」
「そんなにひどいの~?」

無情にも大きく頷く少女と
是又、同調して頷く社長を見てソファから立ち上がる

「や~も~、なおしてくる~」

叔母の、慌てて駆けて行く
ヒールの音を見送るも社長は背後を振り返れない
勿論、少女もなにを言うでもなく横を素通るとソファに腰掛ける

無言で向かい合う、二人

社長の目線は垂れた前髪に隠れて分からない
少女の目線は俯いたまま、ローテーブルの上に落ちる

ふと、自分の注文したオレンジジュースのタンブラグラスーが
空っぽなのを見て社長の前にある二つのタンブラーグラスに視線を移す

「烏龍茶、貰っていいですか?」

酒を飲んでいるのなら構わないだろう
それが社長の命の水とも思わずに少女は何気なく聞く

社長は頷き烏龍茶のタンブラーグラスを差し出す
受け取り、口を付ける少女を眺め「間接キス」等と
歓喜する思春期真っ只中な訳でもなく唯唯、居心地が悪い
酔気も眠気も一気に覚めた、気がした

ミラーボールの青白い光が縦横無尽に散らばる
大音量で鳴り響くダンスミュージックに合わせて騒騒しい、階下

無言で向かい合う、二人
二人の沈黙は叔母が帰還する迄、続く

しかし飽く迄、沈黙が解除されたのは
叔母が話し掛ける少女だけで社長は一人、取り残されたままだ

「千~、このチョコおいしいよ~」

「チョコ?」

「うん~」

烏羽色の小箱を手に取り叔母は姪の前に差し出す
社長も当然、少女にもお薦めするつもりだった
叔母との、あんな場面を目撃されていなければ、の話しだが

ビター、ミルク、ホワイトと並んだチョコを見つめたまま
中中手を伸ばさない少女に叔母がホワイトチョコを選び、渡す

「これ、おいしかったよ~」

見事に化粧直しした叔母の天真爛漫な笑顔に
笑み返しする少女は彼女ではなく
社長に向かって「いただきます」と、呟くと包み紙を解いた

何故だ
常連客からの叔母への贈り物かも知れないのに、何故だ
垂れた前髪の隙間から気付かれないように少女を盗み見る

一口サイズのチョコを
口に含み少女は叔母に向かって頷いた

「ね?おいしいでしょう?」

嬉しそうに言う叔母にもう一度頷く少女は
包み紙を小さく折り畳んでズボンのポケットに仕舞い込む

漸く、社長は謎が解けた

包み紙のゴミだ
包み紙のゴミでバレたんだ

自宅では然程、食べないので買い置きはしないが
出先では口寂しいのか兎に角、好物のチョコを食べまくる

食べた分だけ出る
包み紙を全部、ズボンのポケットに仕舞い込む

今の少女のように
ゴミ箱がない場合の処置だったが
最近じゃあ面倒になって全部、仕舞い込む

仕舞い込んだまま
帰宅して自宅のゴミ箱に全部、捨てるのだ
そうして思い出したのか、自分のズボンのポケットを探る

案の定、先程食べたチョコの包み紙が入っていた
思わず閉じた唇が歪む

一人呑み込むとカクテルのグラスに手を伸ばしたが
寸での所でローテーブルの上に転がっている煙草を掴み取る

同じ呑むならまだ、こっちの方がマシだ

煙草を口の端に咥えた瞬間
叔母が電光石火で火の点いたライターを、その先端に近付けた

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫