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八九三の女

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[約束]



化粧の事等忘れているのか、ごしごし瞼を擦る叔母に
社長も流石に心配になる

不意に思い出したように首を伸ばして階下の広場を覗く

「千、遅いな~」
「トイレ、混んでるのかな~」

少女が手洗いに行った機会に
叔母一人、二階の特別席に戻って来たようだ

「女なら色色あるんじゃねえの?」

丸で運転手兼社員が言いそうな事を口にして
社長は「酒のせいだ」と、言い聞かせるも
自暴自棄になったのかカクテルのグラスを引き寄せ一口飲む

このまま酔っ払ってしまえばいい
元元、そのつもりなのだから

「ないの」

「ん?」

「千にはないの」

姉夫婦が自動車事故に遭った時
同乗していた少女は暴走トラックに正面衝突された瞬間
僅かな車体の隙間に滑り込み、命は取り留めたが
その衝撃は彼女の生殖機能を奪ってしまった

長い入院生活の末
叔母が迎えに来る迄、少女は施設で暮らしていた

叔母は今でも思う
少女を迎えに行った選択は正しかったのか、どうなのか

施設の方が
裏街よりも夢も希望をあったのではないか、どうなのか

でも裏街でなければ社長には出会えなかった筈だ

社長を盗み見る叔母はあの朝の事を思い出す

あの朝、一緒に寝ていた姪の姿がなかった
眠気眼で「トイレかな~?」と、思いながら触れた隣の寝床
冷えたカウチソファが随分と時間が経つ事を物語っていた

居間を見回し台所にも目を遣る
ぺたぺた足音を立てながら徘徊するも深く考えもせず覗いた寝室
姪を抱き抱え、眠る社長の姿
社長に抱き抱えられ、眠る姪の姿があった

あの時の感情は今でも分からない

羨望なのか
嫉妬なのか

と、叔母は肝心な事を思い出し社長に向き直る

「だからって、生出しとか駄目だかんね~」

あまりにも露骨過ぎる
以前に予想だにしない叔母の言葉に社長は
口に含んだ酒を噴き出しそうになり無理矢理、嚥下した結果
盛大にむせ込み、右手の甲で口元を拭う

「やだ~、大丈夫?」

叔母は慌てて隣に来て前屈みになる社長の背中を擦る

社長はあの夜の事は叔母に知られてないと今の今迄、思っていた
なんの確信もなくなんの保証もなく、なんという馬鹿
それでもなんとか冷静に徹する

「してない」

「うそつき」

「本当にしてない」

倶楽部の古参である叔母は
勿論、社長の悪行三昧を知っている

社長にしても覚えていないだけで
目の前の叔母をお持ち帰りしている過去があるのかも知れない

半目で自分を見つめる叔母の視線が痛い
自分自身は自業自得で済ませられるが少女に関しては違う

「お前はあいつが、そんな女だと思うのか?」

誘われれば簡単に寝る
自分と関係を持ったホステスを卑しめる訳じゃないが
少女はそんな大人の女じゃない

社長はそんなつもりではなかったのだが
若干、力の籠った声で自分の下衆の勘繰りを咎められて
叔母は気落ちしたのか唇を突き出して首を振る

「よし!」
と、でも言うように社長は頷き言葉を続ける

「お前は俺を禄でもない奴だと思ってるんだろうが、」

「借金のかたで無理矢理になんか、しないよね?」

疑ってはいない
疑ってはいないが一応、聞く叔母に社長は顎を引く

社長の顔を吟味するようにじっと見つめる
叔母がおずおずと右手の小指を立てて差し出す
目線を向けた社長は自分の右手の小指を結ぶ

指切りげんまん 嘘ついたら針千本の~ます 指切った~

声には出さず歌い切った後
叔母と社長は振り切るように小指と小指を解く

どれだけの人が小指を結び
どれだけの人が小指を解いてきたんだろう

どれだけの人が「約束」を守ったんだろうか

そうして上目遣いで社長を見遣る
叔母の唇が悪戯な笑みを浮かべていた

「でも、千としたいんでしょう?」

「ん、したい」

指切りを水の泡にする勢いで即答する
社長は満足げに薄笑いを向ける叔母に慌てて否定する

「違う、いや違くない」
「でも今じゃない、そう遠くない未来」
「そうなったらいいなあ、と思っている自分がいる」

駄目だ
本心駄駄漏れで穴があったら入りたい
酒のせいで頭が回らないし眠くなってきたし、寝たい

だが、これだけは声を大にして言いたい

「俺はロリコンじゃない」

抑、初対面の少女の姿を見て
何処の誰が十二歳の小学生だと思うんだ
「ロリコン」だと言うのなら叔母と付き合っているホストの方だろう
と、社長は顔も知らないホストを引き合いに出す

「べつに~、そこは気にしないよ~」

「気にしろよ」

自分の胸中の悪態等露知らず
呑気に答える叔母に社長は思いっきり項垂れた

「とにかく!」

酒のせいで
矢鱈と饒舌になっている社長のお喋りを遮って
叔母は項垂れる後頭部に助言する

「感染症とかあるんだから」
「あたしがあげたコンドーさん、ちゃんとつかってね~」

あげた?誰に?

叔母の言葉に頭を抱える
社長は物凄く問い確かめたかったが怖くて止めた

鬱陶しく重たい頭をなんとか持ち上げ、ソファの背に凭れる
天井一面、鏤める青白い光を仰いで長い溜息を吐く

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫