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八九三の女

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[地雷]



先祖代代、個人客を相手に細細と続けた金貸し屋を
曾祖父が企業に、祖父が一流にした

生まれた時から跡取りとして育てられた自分には
自由もないが不自由もない、生活

生まれる前から決められていた選択肢のない、人生

それでも稼業を継ぐ事に不満はない
どうせ違う道を選ぶには覚悟も反骨心も足りない

それならば一層一人前になってやろう、という自棄糞だけ
結局、それも祖父に認められる事はなかった

夜な夜な、大して飲めない酒を呷っては
ホステスをお持ち帰りする日日に嫌悪感すら抱かない
隣で女が眠る、記憶のない最低な朝を迎える

店長にしてみれば
店のホステスに手を出す自分は厄介所か、出入り禁止客だろうに
それでも腐れ縁が続いているのは戦友だからだろうか

店長は上着の内ポケットから
ハードパックの煙草とジッポライターを取り出す
蓋を開け、煙草を一本取り出し口の端に咥え話し出す

「そうだそうだ」
「彼女、御涅(ごね)ずに借金返済してるみたいだな」

確かに
叔母担当の社員の話しでは回収に滞りはないらしい
当初の叔母提案の無謀な返済計画を見直し、深謀した結果だ
だが、問題はその情報をどうやって仕入れたか、だ

問い質すような視線を投げる社長に
口を滑らせた店長が慌てて、同じく口を滑らせた担当社員を庇う

「飲みに来た店で店長の俺に聞かれるんだ」
「答えない訳にはいかないだろ?怒んなよ?な?」

今夜のクリスマスパーティーにしても
広場を彷徨(うろつ)けば何人かの社員と顔を合わせるだろう
それだけ社員にとって倶楽部は憩いの場なのだ

咎める気もない社長はなにも言わず、ローテーブルに置いたままの
店長の煙草を手に取ると了承も得ず一本、取り出す

互いに「お前の物は俺の物」で通している

店長は自分の煙草に火を点ける序でに
社長の煙草にも点けようと腕を伸ばすが首を振られ、断られる

今、吸いたい訳じゃない
後で、の保険だ

「で、どうやった?」

最初の一口を吹かしながら店長が続ける

中卒で鞄持ちになった自分達同様
中卒でホステスになった叔母は父親の代から倶楽部にいる
年齢はそんなに変わらないが、当然の事ながら店長より古参だ

明らかに舐められていたのは事実だ

「人間だったら大切なモンが一つくらいあるだろ」

喩え、裏街だろうが表街だろうが
喩え、何者だろうが何物だろうが関係ない

「ソレを預かっただけだ」

社長の言葉に店長は煙草の煙を勢い良く、鼻から噴き出す

「嘘だね、俺にはないね」
「そんなんは偽善だよ、偽善」

「偽善でも善意に変わりない」

「はあ?」

相変わらず小難しい事を言う
と、閉口する店長を余所に社長は階下の広場を見遣る

探す事数分、漸く
少女と向かい合い踊る叔母と控え目に踊る少女を見つけた

その場で跳んで燥ぐ叔母が
頭に付けていた、馴鹿の角の髪飾りを少女の頭に飾る

そんな二人に同僚ホステスだろうか?
近付き、話し掛けているようだ

「金を数えていたら、客が見えない」
「客を見ていたら、金が数えられない」

らしくない、店長の言葉に社長が顔を戻す
店長は煙草先端の金赤色の火種を眺めて口をへの字にする

「親父殿がな、言ったんだよ」

「だろうな」

社長の返しに店長が唇を歪めて笑う

「お前の稼業は安泰だって、先代にそっくりだってよ」

そうして、短くなった煙草を口に運ぶ
後は「ごゆっくり」と、声を掛けて席を立てば良かった筈なのに
自分の顔を食い入るように見つめる社長の目に気が付いた

店長にとっては誉め言葉のつもりだったが
社長にとっては地雷以外の何物でもなかった

理由は分からないが徒ならぬ気配を察した
店長は腰を浮かせながら煙草を灰皿で揉み消す

「俺、行くわ」

「酒、持って来い」

自分の前にある、烏龍茶入りのタンブラーグラスを店長に突き返す
店長は中腰の姿勢のまま声を荒げる

「はあ?!お前、飲めねえだろーが!」

飲めない酒を呷る幼馴染を見るのは辛い
唯唯、そんな思いで多少の事には目を瞑ってきた

ホステス達にしたって嫌ならお持ち帰り等されない

「飲みたいんだよ、持って来い」

対照的に静かに吐き捨てる社長に
抵抗は無駄だと悟る店長は中指を立てたい衝動を抑えつつ
ゆっくりと人差し指を立てる

幼馴染故に分かる事がある

社長が折れない事
店長が嫌嫌、折れる事

「一杯だけだ!それ以上は出さねえ!」

不満そうな目線を向ける社長から逃れる為
視線を上げた店長はその背後に立つ叔母の姿に気が付いた

店長と目が合った叔母はにっこり微笑んで言う

「社長飲みたいの?」
「だったら、あたしのあげる~」

叔母が手にしたグラス
黒檀色の下地に乳白色の二層に分かれた液体
シナモンスティックが添えられている、その中身を確信して
「おま!それ!」と、思ったが店長は思い直す

早早に潰して家に送り届けた方が得策かもな

本音を言えば
酒を呷る社長の隣にホステスは置きたくないが
ここで一人飲ませる方が心配だ

そうして目の前の叔母を見遣る

思えば長い付き合いでも社長の女の趣味は分からないが
お持ち帰りするホステスはどれもこれも綺麗系だった

叔母はどう見ても可愛い系だ
若干、ロリータで魅惑的な少女?だが
社長の趣味にロリコンはないだろ、と自分に言い聞かせる

本心では「絶対」が存在しない事は知っているのに

店長は「後は頼んだ」と、でも言うように叔母の頭に手を置いた

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫