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八九三の女

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[店長]



「千、踊ろ~!」

ご機嫌になった叔母は少女の手を取って、立ち上がる

少女を連れて中央階段を駆け下りていく
脚に巻き付く裾の長いドレスに高いヒールの靴で無謀な!
と、社長は腰を浮かすが何事もなく広場に降り立ったようだ

静かになった客席に一人残された社長は嘆息を吐く

「お客様、オーラスでよろしいですか?」

背後から掛ける声に社長は振り返らず声の主に答える

「ああ」

どうせ自分と少女は途中で抜ける
サンタクロースがやって来る前に寝ないとプレゼントが貰えない

社長の頭上に笑う声を降らし横を通り過ぎる声の主は
少女が座っていた、向かい側のソファに腰を下ろす

剃髪した頭部にサンタ帽を被り、にやにや笑う彼は
社長の幼馴染でこの倶楽部の店長だ

店長の、剃髪に至る迄の過程には同情を禁じ得ないが
今や「スキンヘッド」=「危ない人」として形容しても差し支えない

因みに彼の父親は未だ、先祖代代の呪縛に抵抗中だが

初手、店長は明らかに危険人物だ
顔の左半分、蟀谷から顎に掛けて這う蜥蜴の入れ墨が理由だ
裏街に生まれ裏街に死んでいく典型
自分も他人の事は言えないが、と社長が鼻を鳴らす

「にやにやしてんじゃねえよ」

「怖~いん!」

気色悪い女声を出し
自らの肩を抱き締め怯える振りをする店長に社長は貝になる

互いに学歴はないが学力はある

中卒で稼業を継ぐ為
鞄持ちをして仕事の伊呂波を学んだ

社長の祖父も幼馴染の父親も似た者同士で
「仕事は見て盗め」「背中を見て学べ」と、宣う人間だ

半人前と言われる事はあっても
一人前と言われる事はない

社長と幼馴染は似た境遇の、互いを無視出来ない間柄だ

知性の象徴と言われる蜥蜴を顔に宿した
店長は少なからず、劣等感を持っていたのかも知れない

今は「蜥蜴」を手に入れて満足そうだ

「最近、ご無沙汰だったお前にプレゼント」

手にしていた、手の平サイズの小箱を手渡す
社長は見覚えのある烏羽色の小箱を満更でもない様子で受け取る

「その店のチョコ好きだねえ、お前」

社長が来店していると聞いて従業員に買いに行かせた物だ
裏街では年中無休の二十四時間営業は常識だ

欲しい時に欲しいモノが手に入る
なにがなんでも欲しいモノが金次第で手に入る

今では表街の住人も誘惑に勝てず裏街に足を踏み入れる始末だ

「一個頂戴」

手を差し出す店長に社長は頷き、箱の包みを剥がす
蓋を開ければ苦みと甘みを兼ね備えた奥深い香りが広がる

基本チョコはなんでも好きだ
唯、この店のチョコが一番お気に入りなのは否定しない

お土産のチョコも美味しかったが
と、思い出して社長は遊園地のお土産の事を考える

何故、チョコをお土産に選んだのか
何故、チョコを好きだと知っていたのか

それとも単に偶然なのか
土産の定番等クッキーかチョコか、キーホルダーだ

チョコを見つめたまま、一向にくれる気配のない社長に
痺れを切らした店長は手を伸ばしひょいと一個、摘まみ取る

「あ、ビター?」

「うん、ビター」

ならば、と社長はミルクを選び包み紙を解く
社長の謎の拘りを眺めながら店長が破顔して言う

「下戸のお前には、チョコがお似合いだわ」

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫