小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

八九三の女

INDEX|22ページ/69ページ|

次のページ前のページ
 

[既読スルー]



レンタルした乗用車の車内で、小鳥遊君は事の次第を聞く

月見里君の恋は盲目

叔母との出会いに浮かれて連絡先交換をすっかり忘れた
月見里君は姪である少女の連絡先をいとも簡単に入手する

「部田のメッセージID、教えてー」

「分かった」

人馴れしていない少女が深考を怠ったのは否めないが
兎にも角にも少女を通じて、叔母の詳しい情報を得ようとする

叔母の連絡先を聞き出すのは容易いが
敢えて、遠回りするのは「恋に恋する過程を楽しみたい」
と、いう月見里君の乙女的思考に他ならない

だが放課後、頻繁にくるメッセージの通知に少女が音を上げる
相手をすれば家事が滞るし
相手をしなければ通知音が鳴り止まないし

仕方なく叔母に相談した結果
月見里君の意に反し、早早に叔母の連絡先を手に入れた

「クリスマスデートしたいですー」

「クリスマスは稼ぎ時だから無理なの~」
「その前ならいいよ~」

「暇っすー」
「てか、稼ぎ時ってなんすかー?」

「あたし、ホステスなんだ~」

「マジか?!」

「あん、嫌いになっちゃった~?」

「最高っす!」
「滅茶苦茶、好きっす!」

そうして実現したのが今回の遊園地デートである

迷う事なく助手席に座る月見里君は
運転する叔母を甲斐甲斐しくサポートしては褒められていた

後部座席に乗り込んだ小鳥遊君は
同じく、後部座席に座る少女の隣を喜んだのも束の間
二人が連絡先を交換していた事実に衝撃を受ける

「俺、知らないのに」

小鳥遊君の呟きに気付いた少女が携帯電話を取り出し
予め、先に断る

「既読スルーするけど」

「滅茶した!」
「俺、滅茶された!」

後部座席を振り返り、唐突に話しに割り込んでくる
月見里君の自業自得メッセージ等、どうでもいい
勿論、既読スルーでも構わない

「全然いい」

陰キャが駄目な訳じゃない
陽キャになれなくてもポジティブに生きていけばいいのだ

「ね、始めになに乗る~?」

叔母の一言で車内は遊園地の話題一色になる

月見里君のジェットコースター推しに
対抗するように小鳥遊君はゴーカートを推す

叔母のメリーゴーランド推しに月見里票が動いたり
お化け屋敷を推した少女に三人は揃って言葉を失うし

叔母は遊園地デートして良かった、と思う

自分同様、姪には友達がいないと決め付けていた
学校での出来事は話さないし、話すような出来事もない

変わらない毎日を送るだけだ

裏街で生まれて裏街で死んでいく
抗う姉は裏街を飛び出し、表街へ幸せを求めた

なのに、戻ってきた
姉の子どもが裏街に戻ってきた

親もなく
友もなく
唯唯、死ぬ為だけに戻ってきた

そんなのは嫌だ
そんなのは認めない

借金塗れの自分だが
姪を担保に取られる自分だが

その幸せを願ってない訳じゃない
表街で生きていけるなら、表街で生きていくべきなんだ

「お、お城だー」

月見里君が歓声を上げ、前方を指差す
遊園地の象徴であるメルヘン調の城が視界に飛び込んで来る

「今日はね、閉園までいるよ~」
「その為のレンタカーだからね~」

言いながら
ハンドルを撫でる叔母の言葉に月見里君が燥ぐ

「花火、楽しみー」

そうだ、楽しもう
今日はなにもかも考えず楽しむんだ

叔母はそう心の中で言うと
遊園地の案内看板の指示通り、左折する為ハンドルを切った

金貸し屋は年中無休だ
金を借りたい人間にとって休日は無意味だ
金を借りた人間にとっても同じ事だ

昼休憩、歓楽街の立ち食い蕎麦屋の前
鰹節香る、香ばしい出汁の匂いに足を止めた社長の携帯電話に
珍しくメッセージの通知が入る

仕事関係は殆ど、電話だ

覗き込んだ液晶画面に流れる、文字

「チョコにします:千」

今日は叔母(←金を借りた人間)運転の同伴で
学校の友達と遊園地に行くので帰宅は遅くなります
と、言って出掛けたがこれは、なんの報告だ

思いながらも、その口元が僅かに綻ぶ

抑、叔母が運転免許証を取得していた事にも驚いた
発行元は潜りなんじゃないのか?

等と、考えて強ち間違ってないかもと少し心配になる

徐に携帯電話の液晶画面に目を落とす
が、なんて返信すればいいのか結局、思い付かず
社長の選択は既読スルーだった

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫