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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導姫譚ヴァルハラ

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「このオカマもおっぱいハンターなの!?」
 ケイの大声が木霊した。
「フェザーアロー!」
 次の瞬間、マッハの翼からフェザーアローが発射された。
 翼の矢が狙ったのはアカツキ!
「アタイの獲物を横取りしようなんて一億光年早いんだよ!(誘導弾のこの技を避けられるはずがない!)」
 高下駄という悪条件にも関わらず、アカツキはすべてを見切ったように、舞いながらフェザーアローを躱した。
 しかし、外れたフェザーアローはアカツキを通り越し、そこからUターンして再び襲ってきた。
 アカツキはフェザーアローに背を向けていた。
 マッハは妖しく微笑んだ。だが、その表情が一転して驚愕へと変わる。
 なんとアカツキは一瞥もせず、その攻撃をはらりと躱したのだ。
 そして、刹那。
 輝線を引く一刀が羽根を斬った。
 二人が獲物の取り合いをしている間に、当の獲物は逃げようとした。
「今の内です!」
 先に駆け出したのは娘だった。
 もしも先に飛び出していたのがケイだったら、その運命を辿っていたに違いない。
 娘は叫び声すら上げられなかった。
 心臓を刀でひと突きにされたこともあるが、それ以前にアカツキの美麗な双花に接吻を奪われていたのである。
 重なり合う唇が離されると同時に、柔肉から刀が抜かれた。
 ブシュゥゥゥゥゥッ!!
 鯨が潮を噴いたように勢いよく、煮えたぎる紅い奔流が傷口から迸った。
「人殺しッ!」
 心からのケイの叫び。
 そこにいたのは人殺しなどという生やさしい者ではなかった。
 殺人の鬼。
 白かった顔は今や紅く彩られている。
 マッハはその通り名を思い出した。
「そういや、カラミティのほかにも〈紅い月〉なんて呼ばれてたな」
 月のように清ましたアカツキの表情。
 自然とケイの瞳からは涙が零れていた。次に殺されるのは自分だと恐怖したのではない。まだ名前すら聞いていなかった娘は、もう口も聞けない。
 しかし、ケイはあることに気づいた。
 嗚呼、なんて娘は至福の表情をしているのだろうか……。
「次は貴様だ」
 アカツキは紅い雫が滴り落ちる切っ先をケイに向けた。
「これ以上、獲物の横取りは許さないよ。この変態野郎を殺っちまいな!」
 二人の間に割って入ったのはマッハだ。
 さらに二機のAT零参型がアカツキに襲い掛かってきた。
 アカツキの刀が風を切り、唸り声をあげた。
「貧乳の貴様に用はない。機械など眼中にない。俺様の両眼には爆乳しか映らぬ!」
 刀が情熱を帯びたように炎を上げた。
「火炎突き!」
 叫んだアカツキはAT零参型の胴を突いた。
「ギャアアアァァァァァッ!」
 刀が突いたのはコックピットだった。有人機体に乗っていた男を突き刺し、その躰を業火によって燃やし尽くしたのだ。
 操縦者を失ったAT零参型は、暴走しながらもう一機に突っ込んだ。
 仲間の突撃を喰らった機体はぐらつき、そのまま地面に倒れてしまった。すぐにアームを使って起き上がろうとするが、アカツキの追撃は容赦ない。
 天高く飛び上がっていたアカツキが、切っ先をコックピットに向けて飛来する。
「火炎突き!」
「ギョアアアァァァァァッ!」
 またもあがった悲鳴。
 生きながら焼かれ、死の灰と化す。
 部下の死をマッハは動じずに、むしろ楽しそうに笑っていた。
「噂通りの強さで嬉しいよ。ネヴァンが獲物を掻っ攫われたわけだ。その炎がアンタの〈ムゲン〉か?」
「違う」
 と、アカツキは短く。
 〈ムゲン〉とはいったいなにか?
「ならアンタ、〈ムゲン〉に関係なく炎術士ってわけか?」
「さて……な」
「言いたくないってことか。けど炎は〈ムゲン〉じゃないんだろ。アンタの〈ムゲン〉見せてみなよ」
「貴様が見せてくれたら、な」
 先に妖しく笑ったのはアカツキか、それともマッハか?
 ほぼ同時に二人は動いていた。
 しかし、マッハのほうが疾い!
 それは驚くべきことに、目にも止まらぬ速さだった。まさに音速(マッハ)。
 が、速さこそ劣るアカツキの刀は、漆黒の翼を切り裂いていた。
「キャアアアアアアアッ!!」
 凶鳥のような甲高い悲鳴をあげてマッハが地面に倒れた。
 アカツキはまるでそこにマッハが現れるの知っていたかのように、視界からマッハが消えた刹那にその場所に刀を振るっていたのだ。
「翼が……あああっ、人間の動体視力じゃアタイの動きは……痛い、痛ヒィィィィ!」
 地面でのたうち回るマッハを、アカツキは冷たい視線で見下していた。
「いくら疾く移動できたとしても、思考も同じ速さで働かなくては意味がない。足りないのは胸だけないようだ」
 皮肉を吐かれたマッハは反撃どころか、痛みで躰の自由すら効かない。
「おのれ……ああっ……ああぁン……カ……〈カイジュ〉!」
 力を振り絞って叫んだマッハの翼が蠢き出す。
 それはまるで肉の塊が蠢くように、翼だったものが変形していくのだ。
 腰が抜けてその場から動けなくなっていたケイも、尻餅を突きながらその一部始終を見ていた。
 蠢いた翼はいったん、小さな黒い肉の塊になったあと、そこから小さな翼を生やし、クチバシを伸ばし、最後に紅いカンムリのような羽根を頭に生やした。
「鳥?(なんなのいったい?)」
 と、ケイはつぶやいた。
 マッハの翼だったモノは、四五センチ前後の鳥に変貌したのだ。
 それを見たアカツキが、だれに聞かれるでもなく説明をはじめた。
「これがこいつの〈ヨーニ〉だ。キツツキの仲間か……空を飛べる鳥類は戦術的に〈デーモン〉に適しているな」
「ヨーニとかデーモンとか(デーモンって悪魔って意味?)」
 アカツキの言っていることをケイは理解できなかった。
「〈ヨーニ〉は魔導装甲機体――通称〈デーモン〉の契約体の総称、または通常の状態を言う。それからデーモンとデビルは意味が異なるから覚えておけ」
「え?(意味わかんない……もぉヤダ!)」
「説明するだけ無駄のようだな」
 切っ先がケイに向けられた。
「あたしのこと殺す気?(どうせ殺すから説明しても無駄って意味?)」
「華は散る運命にある。しかしまた蕾をつけ、華咲くものだ」
 死を目前に感じたケイは、娘の顔を思い出した。
 なぜ、あんなにも至福の顔をしていたのだろうか?
「(あたしもこのひとに殺されたらわかるかな……)」
 最期の覚悟をしてケイが目をつぶろうとしたとき、アカツキの刀を持つ手が震えた。
「くっ……限界にはまだ……早い筈……」
 急にアカツキがケイに背を向けて走り出した。
 死を覚悟していたケイの躰から一気に力が抜けた。
「な、なんなの?」
 アカツキは消えた。
 不可解な逃亡だった。
 マッハも弱っているキツツキを抱きかかえて立ち上がった。
「今はやむなく引くが、オマエはアタイだけの獲物だからな爆乳女!」
 そして、マッハもこの場から走り去って姿を消した。
 嵐のような出来事だった。
 その嵐が残した爪痕は……?
 紅い海に沈んで横たわる娘の傍でむせび泣く父の姿。
 過ごした時間の長さは関係なかった。
 ケイは失った悲しみが蘇り、その場に蹲って動けなくなってしまった。