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短編集63(過去作品)

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 目立ちたがり屋だったくせに、いつも端の方にいる。
「名前が田端なので、端の方が好きなんじゃないか?」
 好き放題のことをいうやつもいて失礼だと思っていたが、そいつは例外だった。クラスの嫌われ者だったやつで、名前は確か古谷と言った。
 古谷は、悪気がないのだが、ついつい一言多く、まわりから嫌われていただろう。実際にあまり人のことを嫌いにならない田端だったが、彼に対してだけは、憤りを覚える。
「どうしても、口から出てしまうんだろうな」
 実際に一人で黙々と作業するようなことでも、いつも何か呟きながら手を動かしている。普通であれば、口が動いていれば手が疎かになるのだろうが、彼の場合は、作業をさせると誰よりも早くこなす才能があった。
 下手に先生が、
「古谷、お前はうるさいぞ」
 と言ってしまったら最後、まったく話をしなくなる代わりに作業が完全に停滞してしまう。
「わざとやっているんじゃないか?」
 と言っている人もいたが、
「まさかな」
 と口にはしながらも、本当にわざとやっているように思えてならない。
 古谷にとって田端はどんな存在だったのだろう。田端にとっては、別に気にしなければそれでいいくらいの存在だったのだが、古谷にとってはそうでもなかったようだ。
 どこか、必ず誰かと比較しようとしている。最初はその相手が誰だか分からなかったのだが、よく見てみると、どうやらそれは本人のようだ。どこからどう見ても田端と古谷、共通点などないように思えたが、比較の根拠が何なのかまったく分からなかった。
 だが、分かってみれば理屈は悪いなりに通っている。田端にすれば、
「いい迷惑」
 であることに違いない。
 田端にとって、まわりの人間はあまり意識していない。しかし、なぜかまわりの人間が田端を気にするのだ。
 これは悪いことではないはずである。彼女とのデートのセッティングにしても、ある意味、
「大きなお世話」
 のはずであるが、それも田端の性格からの役得といえるだろう。だが、相手が古谷であればまったく違う。古谷にとって田端は、
「恋敵」
 といえる存在だったのだ。
 要するに古谷も彼女のことが好きだったのだ。そのことに誰も気付く人はいなかった。ただ、彼女だけが古谷の嫌らしい視線に困っていたのだ。
 彼女、名前を田中和代という。
「そうだったんだ」
 和代に言われて、初めて和代への嫌らしい視線に気付いたのと、改めて、なぜ自分に対して意識しているかが、そこで繋がったのだ。
 性格的にいつもオープンで隠し事が苦手な田端は、古谷にとって分かりやすい人物であったかどうかが怪しいものだ。
「田端って、分かりやすい性格だからな。根が正直なんだろうな」
 と親愛の意味をこめて友達が話している。それを聞いて古谷は、
「どこが正直だって言うんだ。俺にはまったく分からないじゃないか」
 と思ったかも知れない。
 何しろ、いつも一人で陰湿な性格の古谷にとって、オープンでいい意味で誰からも噂される田端は分からないだろう。
 分からないのに、皆は田端に敬意を表している。それは古谷にとって屈辱的なことだったに違いない。
 しかも、自分が密かに心を寄せている和代に対して、自分が悶々としているのに、田端は何の苦しみもなく、まわりがお膳立してくれる。何とも羨ましいと思うのも仕方がないことであろう。
 和代も完全に古谷を気持ち悪がっている。誰にも相談できずに、耐えられないでいたに違いない。
「僕が守ってあげよう」
 何から守るのか漠然とした、ある意味無責任な返答だが、女の子には一番説得力のある言葉だ。
 デートの時にその話をされたというのも、和代自身、相当悩んでいたことの証明であり、田端なら信頼できるという全幅の思いがあったからに違いない。
「逆も真なり」
 というが、古谷の存在が田端という人間を引き立てることに繋がっているのかも知れない。中学時代は、彼のおかげで彼が悪なら、田端は善。比較対象があるということは、これほど性格をハッキリとまわりに示すことになるとは思ってもみなかった。
 高校時代に入ると、和代とは同じ高校に進学したが、古谷とは離れ離れになった。
 田端と和代はどちらかというと成績は優秀な方で、お互いに、
「同じ高校に行けたらいいね」
 と言っていたが、そこはライバル。どこまで言葉に信憑性があったか判らない。だが、それだけに一番理想的な進学をしたことになる。少なくとも和代と田端は喜んでいた。
「これで、古谷とも別れられる」
 と真剣に感じ、それがこれからの自分の人生をバラ色に変えてくれるだろうと思ったものだ。
 だが、実際にはそうではなかった。
 元々目立ちたがり屋だった田端は、古谷がいることで、自分の性格を少し隠すことが最良であると感じ、「善」に徹していた。だが、高校に入ると、「善」に徹しても、どこかシックリと来ないところがあった。
「古谷の存在がこれほど大きかったとは」
 古谷というワンクッションがあることで、まわりの皆が直接自分を見ていなかったことに、その時初めて気がついた。中学時代には、本当の性格を押し殺して自分という「善」を押し通してきたことでまわりの反応に敏感にならなくて済んだのだが、高校に入ると、そうもいかない。自分の性格はまともに表に出てしまうのだ。
 あれだけぎこちなく付き合っていたつもりでいた和代とも、どこかぎこちなくなってくる。彼女を誰から守っていいのか、彼女の怯えを取り除くことが、田端という人格を和代の中で勝手に作り上げていることに、和代自身が気付いてしまったのだ。
 
 山間のキャンプ地、久しぶりに一人でやってきた。コテージに宿泊して、数日間過ごそうと思っている。
 会社には休暇を出しているので、ゆっくり俗世間を離れることができる。それも山に入る時の楽しみの一つだ。
 いつも利用しているコテージがある。その近くには別荘地帯があって、一年前に行った時に知り合った人もいた。
「一年後にまた会いましょう」
 と話をしたが、お互いに連絡先を聞いていたわけではないので、会えるかどうかの確率は非常に低い。
 最初から連絡先を聞かないのも、暗黙のルールのようなものがあるからだろう。聞いたとしても、まず連絡を取ることはないだろう。それだけ俗世間と山で一緒になる人とは別にしておきたいと感じている。
「山で会う人は山だけの関係」
 少し寂しい気もするが、その方がさらに神秘的な世界を自分で演出することができるのだ。
 コテージに入ると、一休みして、その人の別荘に行ってみた。
 別荘には、「屋形」という苗字が書かれていて、それを見ると懐かしさがこみ上げてきた。
 コテージにいるよりも、屋形さんの別荘にいる時間の方が強烈な印象を得ている。屋形さんは結構歴史には詳しく、よく歴史の話に花を咲かせたものだ。
 屋形さんの年齢は、察するに五十歳は超えているだろう。初老の紳士というイメージが強く、白髪交じりの表情には、いつも笑顔が付きまとっていた。
「田端さんは、歴史がお好きなのかな?」
作品名:短編集63(過去作品) 作家名:森本晃次