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星の流れに(第二部 南方戦線)

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 昼間、班員や動ける患者が身をひそめるために山中に出払っても、幸子は動けずに宿舎に残ったのだが、独り宿舎に横たわっていても戦闘機や爆撃機の轟音が遠くから響いて来る、バギオで見た上半身だけになってしまった同僚の遺体が脳裏に浮かぶ……。
 いてもたってもいられなくなった幸子は、宿舎を這い出すと、棒切れを杖代わりにして皆がいる山中を目指す……しかし五十メートルと進まないうちに力尽き、大きな木にもたれかかって空を見上げる……と、敵機が迫って来るのが見えた。
(撃たれる……殺される……)
 そう思った幸子は少し先の断崖を目指して這い出した、その下には大きな川が流れている、遺体を流してくれるに違いない、無残な遺体を晒すよりもせめて奇麗に死にたい、アメリカ軍に殺されるよりも自ら命を絶ちたい、その一心で這うが、戦闘機は低空で迫って来る、そしてさっきまで幸子の居た木の根元辺りから弾丸の雨を降らせ始めた。
(もうダメ)
 そう観念した幸子は俯せのまま横たわっていた……。

 どれくらい時間が経っていたのだろうか……自分がまだ生きていることに気づいた幸子は思わず下半身を見る、と、体はちゃんとつながっていた。
 幸運にも弾丸は当たっていなかった、戦闘機乗りも幸子が死んだものと勘違いして飛び去ったようだ……ほっと安心したのも束の間、幸子は極度の緊張と衰弱で気を失った。

 目が覚めた時、宿舎に寝かされていた。
 暗くなって山中から戻ってきた同僚たちが幸子を見つけて運んでくれたのだ。

「どうしてあんな所に倒れてたの? 何があったの?」
 一番仲が良い同い年の和子に訊かれて、幸子はその日に起こったことを話した、谷川へ身を投げて死んでしまおうと思ったことも。
 だが、その言葉を聞いて和子は語気強く言った。
「あたしは何が何でも日本へ帰るわ、こんなところで死んでたまるものですか、あたしが高熱と腰痛で苦しんでた時、あなたは献身的に介護してくれたわよね、あたしはあの時このまま死ぬのかって思ってた、でも病気が良くなって来た時思ったの、絶対に死ぬもんかって……死んだら負けだって思うから」
 これまで何かにつけ少し弱気だった和子だった、確かに高熱にうなされている時は遺言めいたことも口にしていた、だが、死線を超えた和子は強くなっていた。
 おそらく和子も敗色が濃厚なことには気づいている、その上で犬死はしたくない、いや、絶対に死なないと言っているのだ。
(あたしも日本に帰りたい……いいえ、何としても帰るんだ)
 そう考えると幸子は少し体に力が湧いてくるような心地がした。