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短編集60(過去作品)

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夢と砂時計



                   夢と砂時計


 真っ暗な部屋に光が差す。その光は緑色に見えたかと思うと、今度は赤い色を奏でている。
――どこかで見たことが――
 と感じるが、すぐに思い出すことはできない。
 眩しさに目を閉じようとするが、捕らえた光を逃さないように見つめているのは、踏み切りを横切る電車の車窓を見つめようとしている時に似ている。夜などのように中が明るく外が暗い場合は、明らかに中が目立って見える。その状態で動いている車窓を見つめていると、どこを見ているか分からなくなるというものだ。
 一点に集中して見ていると、焦点が次第に狭まってくる。凝縮されて見えてくると、明るいものも暗く見えてくるが、それも目が慣れてきているせいだという認識にもなりかねない。
 真っ暗な部屋にカクテル光線のような光り方、まるでワイングラスを通しているかのようで、少し酔いが回っているような錯覚に陥る。酔いが回ってくると、誰かに寄りかかりたくなるのは、男性であっても女性であっても同じだろう。
 そんなことを考えていると、頭の横にちょうど暖かく柔らかい弾力を感じた。
 男である幸一は、その暖かいものが何であるかすぐに分かった。ほのかに香ってくる匂いは、自分が男であることを実感させてくれるフェロモンがムンムンと漂っているのを感じることができる。
 耳に当たる吐息を感じる。部屋の中は熱くもなく寒くもなく、睡魔を誘っているかのような暖かさに頭を支えている力は落ちていく。
 吐息を感じる相手が誰かは分からないが、女性であることには違いない。
 普段であれば、抱きしめてしかるべきシチュエーションである。こんなおいしい展開などありえるはずないのに、抱きしめたくなるのは、心の中できっと、
――夢に違いない――
 と思うからであろう。今まで女性と付き合ってもあまり長続きしたことのない幸一は、それが自分の妄想癖にあるのではないかと思うくらい、たとえ相手と一緒にいる時であっても妄想が止むことはない。
 相手の吐息にもアルコールの香りがしてくる。
 香水の香りにも似たその匂いは、本当であれば心地よいもののはずだ。だが、なぜか幸一は、その匂いを避けたくなった。頭痛がしているのもその原因であるが、頭痛がしてくるほどのきつい匂いには思えないところが不思議だった。
 百貨店の一階を通る時に感じる数々の香水による匂い。悪臭とでも言えるほどのきつさは、嗅覚を麻痺させるだけのものでもあるだろう。それほどの匂いではないはずなのに、感じるきつさは、却って人を遠ざけたくなるほどであった。
 最初、女性を感じ、頭を委ねることで安らぎを得ようと思っていたのがウソのようである。
 安らぎが、心の余裕に繋がるのが一番いいことなのに、狭い範囲へと追いやってしまう。踏み切りから見上げた車窓への視線が狭まってきて、暗く感じてくるのに似ている。
 幸一にはずっと同じものを見つめていると頭が痛くなる時と、無性に眠くなる時とそれぞれある。心地よさからのきつい匂いは、眠っている頭に刺激を与えるのとは違い、さらなる夢の中へと導くものではないだろうか。
 頭が痛くなる時、それは下を向いている時が多い。血行が悪くなるからに違いないが、集中していると一瞬、遠近感が取れなくなる。仕事などでパソコンの画面を見ていると、明るさと低周波によってもたらされる見えないストレスに悩まされることも多かった。
 明るいところから暗いところに目を移すと光によってもたらされた残像に、目が慣れるまでに頭痛が起こる。頭痛が起こる前に目の前にクモの巣が張ったような状態になった時、目頭を無意識に押さえているが、まともに見え始めた一瞬だけ、頭痛を忘れられる。
 しかし襲ってくる頭痛は尋常ではなく、まるで虫歯が頭に及んだような痛さである。
――他のことを考えていれば痛みが治まるかも――
 と思うのだが、こんな時に限って考えることはロクなことではない。無駄な抵抗は却って痛みを増幅させる。
 頭痛が起きて収まるまで、あっという間だったと思うのは後になってからで、その時は必死に戦っている状況がむなしく時間だけを費やしてしまっている。
 真っ暗で、かすかな明かりを感じたその時、赤い色と青い色を確かに感じた。感じたと思ったら、またしても襲ってくる闇があった。闇には匂いはなく、静寂による耳鳴りを感じるだけだった。
「はあはあ」
 息遣いが次第に耳の奥に篭ってくる。息遣いをしているのは他ならぬ自分である。
――夢だったのか――
 気がつくまでに掛かった時間は想像以上だったように思う。朝、目が覚める時であっても、頭がしゃきっとして起きてきたと思うまでにかなりの時間が掛かっている。
――目が覚めるまでにどうしてこれだけ時間が掛かるんだろう――
 眠りに就くまでにも結構時間が掛かっている。
――眠りに就くのと目が覚めるのでは、どちらが早いんだろう――
 眠りに就くまでの方が時間が掛かりそうだが、それもその時の体調によって違う。目が覚めてからは体調も回復しているだろうから、寝る前の体調に左右されることもなく目が覚めるに違いない。
 だが、本当にそうなのだろうか?
 たまに考える。そんな時に限って眠りが浅かったりするのだ。そのくせ、夢の内容までは覚えていない。目が覚めるにしたがって忘れていくのは、本能のようなものではないだろうか。
 汗を掻いている。グッショリとパジャマが濡れているが、シーツは濡れていない。程よい暖かさを保っていて、下着を着替え、一度トイレに行く。
 トイレから帰ってくると、睡魔は覚めてしまうのだが、布団に入ると暖かさからか、またしても睡魔が襲ってくる。身体を包む暖かさが心地よさを運んできて、重くなる瞼を感じる間もなく、寝ていたことが何度あったことか。
 身体についた汗は下着を着替えることで収まるのだが、額の汗だけはなかなか取れない。拭っても拭っても同じことだった。
 このように書くと、途中起きている時間があっという間のようだが、実際はもっとゆっくりである。
 そう、時間はゆっくりと過ぎていく。
 幸一の部屋には目覚まし時計が二つある。一つは実際に目覚まし時計として使っているやつで、もう一つは机の上に置いて、時間を見るだけに遣っているものだ。
 机の上に置いている目覚まし時計が古く、元々目覚まし時計として使っていたものだったが、ある日、アラームが鳴らなくなり目覚まし時計としての機能を果たさなくなった。
 さっそく新しいのを買ってきて、ベッドの枕元のところに置いたのだが、今まで使っていた目覚まし時計も、時計としての機能を失っているわけではないので、もったいなくて捨てるわけにもいかなかった。机の上に時計があると便利なもので、しかし使い始めると、今度はあって当たり前、なければ不便だと思うようになってしまっていた。
 それぞれの時計は微妙に時を刻む音が違う。どちらかが微妙に早いのだろうが、実際に確認してみたことはない。
 確実にどちらかが早いのだけは間違いないようで、昼間はまったく違うリズムを奏でているせいか、時を刻む音がせわしなく聞こえてくる。
作品名:短編集60(過去作品) 作家名:森本晃次