ジャスティスへのレクイエム(第3部)
彼らの大義は、自分たちが持ち出した神器にあることは最初から分かっていた。
だが、自分たちも正当な継承者として神器を持ち出したのだ。外交交渉で適うわけはない。武力に訴えることは分かっていた。そのことにアレキサンダー国が目をつけないわけはない。
――やつらは、戦争を欲している――
という考えに、チャーリア国首脳の考えは一致していた。
だからと言って、野蛮人の国ではない。むしろ紳士的な国だということも分かっている。
「普通に外交できれば、パートナーになれるかも知れないのにな」
とチャールズが言うと、
「いや、お互いに同じ方向を向いてはいるが、最初に接点がなかった時点で、私たちは交わることのない平行線を描いているんですよ。残念なことですが、これは彼らと私たちの国家体制の違いと、首脳の発想の違いです。やはり過去からの歴史が違う両国ですので、歩み寄ることは簡単なことではないんですよ」
とシュルツが淡々と答えた。
戦争が開始されて、少ししてからシュルツとチャールズの執務室を一人の男が訊ねてきた。
「シュルツ首相。ニコライ先生が来られました」
と、秘書官が伝えた。
「ああ、ニコライ君か、お通ししてください」
そう言って、突然の来訪だったにも関わらず、二人は嫌な顔一つすることなく、むしろホッとしたような表情だった。
「やっと来たようだね」
とチャールズが言うと、
「そうだね。ニコライ君とはご無沙汰していたからね」
とシュルツが答えた。
ご無沙汰と言っても、一年も会っていなかったわけではない。以前に軍の会議の時、同席していたからだ。ただその時は形式的な挨拶だけで、個人的な話をしたわけではない。
ニコライは、核兵器の開発成功からしばらくして教授に昇格した。
「彼も本当であれば、博士になってもいいのだろうが、我々が開発した兵器がまだ公表できないことから博士になれずにいる。本当に気の毒なことをしていると思うよ」
とチャールズが言った。
「そうですね。なるべく彼には我々からも便宜を図ったあげる必要があるかも知れませんね」
とシュルツがいう。
「ご無沙汰しております」
と、入るなり足を揃えて背筋を伸ばし、まっすぐに前を見て敬礼するニコライの姿があった。
「ゆっくりしてくれたまえ、君は軍人ではあるが、科学者なんだ。律儀なことは必要ないんだ」
とシュルツがいうと、
「恐れ入ります」
と言って、近づいてきた。
二人は執務席から奥の会議ルームに席を移して、ニコライを待っていた。ニコライも二人の前に鎮座し、頭を下げた。
「今日はどうしたんだい?」
とシュルツが聞くと、
「はい、今回の戦争について、率直なご意見を伺いたく思ってまいりました」
本来であれば、軍部の一教授が、国家元首である二人の前に、前触れmなく訪れるなど普通は考えられない。しかし、
「ニコライ君であれば、アポなしであっても、取り次いでもらってもいいからね」
と最初から伝えていたので、二人の前に鎮座できているわけだが、ニコライもこんなに簡単に国家元首の前に鎮座できる立場を不思議には思いながらも、
「自分にしかできないことがあるはずだ」
といつも考えながら彼なりに国家を憂いていたのだ。
「さっそくだけどニコライ君。君はこの戦争をどう思う?」
とシュルツが聞いた。
まだこの時はアクアフリーズ国が攻めてきただけで、アレキサンダー国の姿は写っていない。シュルツがニコライの意見を気にしているのは、彼が自分たちと同じ立場ではないということと、アクアフリーズ国を他人事のように見ることができるからであった。
どうしてもシュルツとチャールズは母国だという意識があって、いくら自分たちを亡命に導いたとはいえ、贔屓目に見てしまうことだろう。それに比べて他人事で見ることのできるニコライの目は、自分たちと違う視線からの意見が言えるので、実に貴重だと思っていた。
「この戦争は、不思議なことが多いような気がします」
とニコライは切り出した。
「ん? それはどういうことだい?」
意外そうな返事をしたシュルツだったが、その表情には驚きはない。むしろ、
――話に食いつけそうだ――
という思いから、最初は彼に話をさせるのが得策だと思ったようだ。
「まずは、なぜこのタイミングでアクアフリーズ国が攻めてきたかということです。お二人もアクアフリーズ国が攻め込んできたことに少なからずの意外性を感じていたのではありませんか?」
「というと?」
「戦術的な布陣があまりにもアクアフリーズ国に対して脆弱だったからです。まるで攻め込まれても構わないような布陣に見えたのは私の考えすぎでしょうか?」
と言われて、
「そんなことはない。君のいう通りさ」
とシュルツは正直に答えた。
ニコライに対してはウソは通用しない。もしその時にウソが通用したとしても、すぐにそのウソが歯車を狂わせることになり、さらにウソを重ねることになる。矛盾を生むことで話に信憑性がなくなると、間違いなく相手に不信感を与える。それが歯車を狂わせるということである。
だから、シュルツはウソは言いたくない。特に自分の信じている相手に関しては特にそうで、その時に疑念を抱かれても長い目で見れば必ず分かってくれると信じているからである。
「そしてもう一つはアクアフリーズ国が攻めてきたにも関わらず、正規軍を向けていないことです。ただ、これは首脳が相手をアクアフリーズ国ではなく、その後ろに控えているアレキサンダー国であると認識していると考えると分かってきます。挟撃を恐れてのことですよね?」
「ああ、その通りだ」
「さらにもう一つ。シュルツ長官は、本気で相手を殲滅させるということを考えているわけではない。確かに我が国は専守防衛の国ではありますが、専守防衛であっても相手が攻めてきたのだから、それを殲滅することができる戦争をするために、いろいろと研究されてきた。私が開発した新兵器もその一つですよね。そのことを一番分かっているのが私だと自負していますが、その私が見る限り、相手を殲滅させようという意思がシュルツ長官にはないと思えてならないんです」
「それで?」
シュルツは彼がまくしたてるように話をしているのを、少しいなすかのように相槌を打った。
しかしこの相槌の本当の意味は、
「君の言っていることは間違っていない」
という言葉の代弁でもあった。
これはシュルツ独特の人心掌握術であり、相手をいなしながら、それでいて本心を引き出そうとするテクニックでもあった。
「殲滅させる意思がないということは、必ずどこかで有利な段階を見つけて講和に持ち込もうとするはずだと思うんですよ。でも、その落としどころが私には分からないんです」
ニコライはそこまで言うと、考え込んだ。
ニコライが疑問に感じるのは理由があった。
ニコライは神器の存在を知らない。アクアフリーズ国が宣戦布告した公式の内容には神器のことは触れられていない。あくまでも国家の体裁を取り戻すための戦争と謳われているだけだった。
「ニコライ君」
シュルツはゆっくりと話し始めた。
「はい」
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第3部) 作家名:森本晃次