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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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 そんなことはさておき、ここでも列車が来る気配はない。ゴミ一つ落ちていない構内は、最近利用された形跡すらなかった。
 意味はないとは分かっていても、線路を渡り向かいのホームに立ってみる。誰もいないホームに佇んでいると、ただ旅に出て知らない町に来ているだけだという錯覚さえ覚える。ホーム中ほどの売店も、なぜかシャッターの立ち食い蕎麦屋も、それだけを見ているとただ遠くの町にいるだけだと思わせる。
 それがいいのか悪いのかは分からない。だが、安心できる光景であることだけは確かだった。
 こんな時、マルカは大抵そっとしておいてくれる。
 いつもつかず離れずなのに、監視しているとかではなく、見守ってくれている感じがする。彼なりに感じるものがあるのか、それでも肝心な時には必ず傍にいてくれる。
 彼は――
 私を知っていると言ってたけど、どんな関係だったんだろう――
 暖野にはただ、マルカは信用できるということしか分からない。それだけでも、いいことなのかも知れないだろう。信用できない連れなど、始終警戒していないといけないのだから。
 駅での空想を堪能した暖野は、改札で待つマルカの元へ戻った。
「ちょっと、旅行してる気分になってた。ごめんね」
 暖野は言った。
「ノンノは旅行が好きでしたからね」
 って、なんでまた過去形――?
「私、旅行は好きよ」
 現在形で言ってみる。
「そうですね」
 答えになってない――
 微笑むマルカに、どこか煮え切らない思いを抱く暖野だった。
「そう」
 そんな思いを振り払うべく、暖野は言う。「今日の宿を探しましょ。それに、お店とかあったら見て回りたいし」
 宿はほどなく見つかった。
 駅前通りを歩いて行くと、看板があったのだ。
 ――眺夕舘(ちょうゆうかん) 眺望良好 長期滞在歓迎――
 なんともレトロなネーミングに暖野は惹かれた。
 脇の坂道を登ったところに、その建物はあった。この町のほとんどの建物と同じ白い四角張った建築様式。見た目には飾り気はない。エーゲ海風の白亜が眩しい。
 和風の旅館を思わせる名前は、どう見ても似合わない。
 背の低い生垣に、蔓草のアーチの入口。狭いが手入れの行き届いた庭には、これまた白い椅子とテーブルがあった。
 暖野は気に入ったが、あとはドアが開くかどうかだ。
 青く塗られたドアに手をかけると、それは難なく開いた。
 OK――!
 外側もそうだが、内装も至ってシンプルだった。
 壁はドアよりも薄い上品な水色で、天井と床は白。天井には今は止まっているが、大きなファンが下がっている。広くもないエントランスの一角に受付カウンターがあった。
 カウンターには沙里葉の宿にもあったようなベルがあるが、押しても誰も出てこなかった。
 やはり、ここも無人なのだ。
 町に入ってからここまで誰にも出会わなかったし、人影も見かけなかったため、期待などしていなかったが。
 カウンターの上に札のついた鍵が二本、置いてある。まるで客が来るのが最初から分かっていたかのように。
「いいのよね、これ?」
 暖野は、マルカに尋ねる。
「いいでしょう。そのために、あるのでしょうから」
「やっぱり?」
 鍵を取りながら、言う。
 番号を見ると、2階の部屋らしい。
 これもやはりカウンターにあったメモ用紙に「よろしくお願いします」と暖野は書き置きした。
 二階へ上がり、その番号の部屋を探す。
 沙里葉の時と同じ位置の二部屋があてがわれている。
 鍵のかかっていないドアを開ける。
 マリン・ブルー。
 それが第一印象だった。海が、ではない。壁が鮮やかなマリン・ブルー一色に塗られていたのだ。そもそも、ここは海辺ではなく湖の町だ。
 開け放たれた窓には白いカーテンが揺れている。天井や調度は白でまとめられ、壁の色調の割には派手さはない。
「では、私は隣にいますね」
 マルカが出ていく。
 暖野は窓辺に寄った。
 窓からは湖が白い家並みの向こうに見えている。部屋の雰囲気も相まって、どこか南国のリゾートにいるような気分になる。
 窓を閉める。窓枠も把手(とって)も白い。
 レースとまではいかない薄手のカーテンを引く。
「とりあえず、お風呂」
 浴室も清潔だった。白い艶やかなバスタブに湯を満たす間、暖野は再度室内を確認した。天井のファン、照明、電気スタンド、どれも問題なかった。コンセントも小机の下にある。
 意味がないだろうと思いつつも、携帯電話を充電する。いつ見てもバッテリーが切れかけなのは、やはり不安になる。表示が充電中になっているのを確かめて、暖野は浴室へと向かった。
「あいやー」
 湯に浸かると、思わず声が漏れてしまう。こういう時に発するものではないだろうが、この際どうでもいい。「やっぱり、お湯って最高!」
 一昨日に水浴びしたばかりだが、やはり温かい湯に勝るものはない。
 風呂上がり、パジャマ代わりの浴衣に着替えて寛ぐ。
 ベッドカバーは何の飾りもない純白だった。この部屋で青と白以外で唯一と言っていいものは、天井のファンだけだった。
「ああ、そうそう」
 暖野は立ち上がると、ドアの方に向かう。「牛乳、牛乳と」
 せっかくなので、湯上りの牛乳を飲もうと思った。きっと、ここにもあるはず。
 階段を降りたところがエントランスになっている。冷蔵庫は受付の真向かいの角にあった。
「どうしても、このスタイルなのね……」
 ここにも、銭湯の番台前にあるような冷蔵庫があった。ただし、その中のものは少し違っていた。牛乳はあった。フルーツ牛乳とコーヒー牛乳も。違っている点は、スポーツドリンクとビールがあるくらいだ。
 ビールなんて、どこが美味しいんだろう――
 一瞬フルーツ牛乳にも心が動いたが、やはり牛乳にした。しかも、特濃と書いてある。
「ふんっ!」
 牛乳を一気飲みして、気合を入れる。
 何のための気合なのかは分からないが、とりあえず。
「あ、ノンノ。何をやってるんですか?」
「え? あ、いや――」
 不意に声をかけられて、暖野はたった今飲んだばかりの牛乳を吹き出しそうになる。完全に気を抜いていたため、誰かに見られるなどとは思ってもみなかった。暖野は恥ずかしさのあまり、真っ赤になった。
「ああ、牛乳ですか」
 そんな暖野の思いを気にもかけずに、マルカが言う。
「う、うん」
 とりあえずは、変に思われていないようだ。暖野は努めて落ち着いた声で言った。「マルカも、どう?」
「ありがとうございます。でも私は飲めないのです。牛乳は大好きなのですが、必ずお腹を壊しますので」
「アレルギー?」
 これは意外だった。好きなのに飲めないというのは、辛いだろうと暖野は思った。
「さあ。そうなのかも知れません。でも――」
 マルカが冷蔵庫の中を覗き込む。「これなら飲めます」
 って、それは――!
 彼が指さしたのは、ビールだった。
「マルカ、飲めるの?」
「ええ。好きですよ」
「……飲んでもいいのよ」
「本当ですか!」
 マルカの顔が輝く。「でも……。今はやめておきます」
「どうして? 欲しいなら、飲んだらいいじゃない」
「いえ……その――」
「何か問題でもあるの?」