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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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 ただ違うのは、部屋に漂う香りだけだった。
 これは、サンダルウッドだろうか――
 ルクソールで仕入れた知識を頼りに、暖野は思った。
 ラベンダーもローズも好きだが、素朴な感じのサンダルウッドが彼女のお気に入りだった。
 カーテンは開け放たれ、外の光が部屋に満ちている。
 まずは、昨日の汚れを落としてすっきりすべきだろう。
 暖野は浴室へと向かった。
 鏡の前で髪を整えていると、ドアがノックされた。
「はーい。ちょっと待ってね」
 すっきりして上機嫌の暖野は言った。
 ドアを開けると、マルカが立っている。もっとも彼以外にはあり得ないのだが。
「お腹空いてるでしょう?」
 開口一番、彼が言う。
「ええ、まあ……」
 そう言えば、今日は朝食がまだだ。持っていた食料は昨晩全部食べてしまっていた。
「下へ行きましょう」
 マルカに促され、階下へ降りる。一昨日は色々と想像したが、今日は何も思い浮かばない。彼に言われて初めて空腹に気づいたくらいだ。
 果たして、何が用意されているのか……
 食堂に入ってみると、メニューは前回とほとんど変わりなかった。まあホテルの朝食と言うものはどこでもそう代り映えするようなものでもない。ただ昨日と違うのは、ベーコンエッグがあるくらいだ。
 前にベーコンエッグがあれば完璧だと思ったことを、暖野は思い出す。望む通りのものが出てくるのは確かに有り難いが、それに慣れていない身では却って気持ち悪さを覚えてしまう。
 暖野は空腹であるにもかかわらず、最初の時のようには食事を楽しめなかった。マルカが入れてくれたお茶も半分ほど残して早々に部屋へと退散したのだった。
 何も不満はない。でも――
 鏡の前で、暖野は言い表しようのない思いを抱えていた。
 ノックの音で我に返る。
 ドアを開けると、マルカがフルーツを持って立っていた。
「調子が良くないんですか? よかったら、これを食べて元気を出してください」
「ええ、ああ……ありがとう」
 暖野はフルーツの皿を受け取りながら言った。「でも、大丈夫よ。初めて変な所で寝たから疲れちゃっただけ」
 彼女としては努めて明るく言ったつもりだったが、果たして上手く伝わったのかどうか。マルカは、何かあったら呼んでくださいとだけ言ってドアを閉めた。
 受け取った皿を小机に置く。見た目は普通の林檎とオレンジだ。果物ナイフも添えてある。
 ヨーグルトがあればなあ――
 さすがにそれは贅沢というものだろう。せっかく暖野の身を気遣ってわざわざ持ってきてくれたのだ。これ以上彼に何かを要求出来るものではない。
 暖野は一人、階下へと降りて行った。
 入口の方で時計が時を刻む音が聞こえる。その音を背に食堂に入った。
 当然、誰もいない。
 テーブルの上はすでにきれいに片付けられて、火の消えた燭台以外何もなかった。
 食堂と厨房を仕切るカウンター上には、先ほどの朝食の後片付けらしき食器が積み重ねてある。まるで、暖野がここへ入る瞬間まで給仕係が仕事をしていたかのような印象を受けた。
 そして、その同じカウンター上に、ヨーグルトの入ったガラスボウルが置かれていた。ヨーグルトには、間違いがなければパインやブルーベリー、ラズベリーといった果物が入っており、ボウルの横にはシロップの器まであった。近づいてみると、それは普通のシロップとメイプルシロップのようだった。
 暖野はどうしてよいものやら少し迷ったが、厨房の奥に深々と頭を下げて、それらを有難く頂くことにしたのだった。
 マルカにも声をかけたが、彼は要らないということだった。
 暖野は一人、部屋でヨーグルトを食べながら昨日撮った写真を見てみようと、携帯電話の電源を入れた。
 一晩中充電していたはずなのに、バッテリーはまた切れかけになっている。不審に思いながらも、ギャラリーを起動する。
「……」
 確かに撮ったはずの写真がない。最新の写真は、懐中時計を向こうの世界で撮ったものだった。
 どうやらあちらのものは、この世界では全く役には立たないらしい。
 充電も、必要ないのかも知れない。
 窓からは麗らかな陽射しが差し込んできている。電車の中でも眠ったせいか、今はもう眠くはなかった。
 見るものも聞くものもない。音楽アプリも写真同様に動作しなかった。
 ベッドに仰向けになり、しみ一つない天井を見つめる。
 時間は、まだ午前中だ。昨日ここを出た時刻より少し早いくらい。いま出かけても、また店はどこも閉まっていそうな気がした。
 ここにはこの世界なりの時間の流れがあって、それに従って物事が動いているのだろう。電車も真夜中には来なかったし、明け方になって始発が発車するのは至極当たり前だ。夜も、暗くなれば明かりが点くし、朝になれば消える。
 昨日は、きっとまだ開店前だっただけかもしれない――
 暖野はとりあえず、そう思うことにした。
 何をして時間を潰すかが問題だった。
 仕方ない、劇のことでも考えてやるか――
 時間だけは、幾らでもあった。