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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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3. 熱に浮かされて


 両親の話によると、どうやら暖野は床で寝ていたらしい。
 修司とは違っていたって寝相はいい方だから、普通の状態で暖野がそんなところで寝ているはずがないのだった。
 それを最初に見つけたのは珠恵だった。
 いつまで経っても起きてこないので、様子を見に来たのだ。普段から朝に弱い暖野のこと、それ自体は珍しいことではなかったのだが。
 それに、彼女はすごい熱だった。この季節、布団にも入らずに一晩中パジャマだけで寝ていたのだから、無理もないだろう。おまけに、完全にお腹が出ていたと。
 頭がぼうっとしているのは、高熱のせいでもあった。
 確か、昨夜貧血を起こしたような記憶がある。しかし、それが本当に起こったことなのかどうかは判然としなかった。
 そう、あの時計を見て、時間を勘違いしたんだわ。それで慌てて立ち上がろうとして――
 でも、おかしい。それじゃ、遅刻しそうになって走ってた私は――?
 それとも、時間は合っていて、本当に遅刻しそうになっていたのか……
 記憶のつじつまが合わない。
 どこまでが現実で、どこからが夢なのか、その境界が曖昧になっている。
『待って、今日は何日?』
 暖野は壁に掛かったカレンダーに目を向けた。
 判るはずがなかった。日付にバツ印でもつけていない限り、今日の日付が判ろうはずもない。
 彼女はそれほど律儀な性格でもない。以前に日めくりを買ったこともあるが、度々忘れて、しまいには面倒になって放置する始末だった。
 記憶の空白、いや重複といった事態に見舞われては、日付の確認は容易いものではない。携帯電話も充電を忘れてバッテリー切れになってしまっている。
 しばらくすると、珠恵がお粥を持って入ってきた。
「どう、食欲ある?」
 母は訊いた。
「あんまり食べたくない」
「そんなこと言ってちゃ駄目でしょ。昨日の晩も食べてないんだから。少しくらい無理してでも食べなさい」
「うん……」
「あとで、果物でも買ってきてあげるわ」
 粥の盆を机に置いて、珠恵は言った。
 酷い怠さだった。熱を計ると、なんと40度もあった。
 暖野は茶碗一杯の粥を、どうにか食べ終えた。
「さあさあ、食べたらさっさと寝る。風邪は寝てるのが一番なんだから」
 珠恵が急き立てる。
「お母さん」
「ん?」
「今日、何日?」
「……」
 珠恵が、暖野の顔を真顔で覗き込んでくる。
「何日って……、決まってるじゃない」
「ねえ、何日なの?」
「あんた、本当にどうかしてるわよ」
 日付を言ってから、珠恵は眉をひそめた。
 やっぱり――
 やはり、あれは夢だったのだ。
 当然と言えば当然だった。だが胸のつかえは残ったままだ。
「暖野?」
「え?」
「大丈夫?」
「うん……」
 暖野は心配げな珠恵を見て言った。「まだ、頭がすっきりしないの。おかしなこと言って、ごめんなさい」
「そんなことはいいけど……」
「ねえ、お母さん。私、喉が渇いた」
 粥と一緒に持ってきてもらった水は、薬と一緒にとうに飲み干してしまっていた。
 珠恵は階下へと降り、普段は使っていない方のポットに氷水を入れて戻って来た。
「買い物に行くけど、何か欲しいものはある?」
「何もいらない」
「そう。まあ、適当に買ってくるわ。お医者には行かなくていいの?」
「たぶん平気。明日になっても熱が引かなかったら行くわ。いまは外へ出るのも面倒なの」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうに」
「ごめんなさい」
 暖野はまた謝った。
「じゃあ、おとなしくしてるのよ。出来るだけ早く帰って来るから」
 珠恵はドアを閉めて出て行った。
 あれから、まだ一日も経っていなかった。
 クラスで学園祭に劇をやることに決まった。その実行委員に選ばれ、劇のシナリオを考えることになった。帰りに乗ったバスで、沙里葉という喪われかかった街へ連れて行かれ、マルカと出会い、アゲハ博士という奇妙な人物の話を聞いた。
 それらは全て昨日のうち、それも午後になってから起こったことなのだ。
 ということは、就職活動をしていた自分も、遅刻ぎりぎりで駅まで走っていた自分も、それから――
 恋?
 そう、私は恋をしていたんだわ――
 それを思い出すと、暖野は胸が苦しくなった。
 あれらはみな、夢だったのだ。
 非常に鮮明な夢を見た後、起きてからもしばらくその内容が事実であるかのように錯覚することがある。
 これもそうなのだろうか、まだ意識がはっきりしていないからなのかと、暖野は思った。だが、いくらそれが正当な解だと分かっていても、それを認める気にはなれなかった。頭のどこかで、しきりに異議を唱えるもう一人の自分の存在があったからだ。
 現実には、彼女はまだ2年生。とりあえず大学に行くということ以外、具体的な進路も決めていない。ましてや就職活動など、どのようなものかさえ考えたこともなかった。
 記憶の欠損――
 何か大切なことを忘れている。
 それでもなお、そんな気がしてならなかった。
 マルカという名は――
 不意に、マルカの言葉を思い出す。
 彼は確か、暖野が彼の名前を付けたことを忘れていると言っていた。そして、彼女がそれを忘れてしまっているのも、無理はないことだとも。
 そもそもあのこと自体、実際に起こったことなのか。
 沙里葉という街、彼女に救いを求めている世界――
『なんて馬鹿々々しい』
 そうは思いつつも、暖野は布団から這い出た。
 机の上に置きっ放しになっている懐中時計を手に取る。慌てていたせいで、誰もこれには気づかなかったようだ。それどころではなかったからだろうが、もしかしたら気がついていても、言わなかっただけかも知れなかった。
 上蓋を開けてみる。
 3時35分。同じく机の上にある目覚まし時計に目を向ける。それは9時4分を指していた。
 この6時間半もの誤差は、ちょうど沙里葉で過ごした時間なのだろう。実感としては、それほど長くいたようでもなかったのだが。
 思えば、昨日の昼からほとんど食べていなかった。間の6時間半も含めると、丸1日以上も絶食していたようなものだ。
 これでは、別の意味でも倒れて不思議ではない。
「ああっ もうっ!」
 暖野は頭を掻きむしった。
 もう、やめ!
 考えれば考えるほど、分からなくなるばかりだった。
 暖野は癇癪を起してベッドに倒れ込んだ。
 こんな時は寝るに限る。
 それでもしばらくの間、様々な疑念が渦巻いていたが、疲れた心身は眠りを求めていた。
 暖野はもう一度起きだして水を飲んでから、寝ることにした。

 暖野は聞き馴れたメロディで目を覚ました。
 宏美からの着信音。
「あ、暖野?」
 電話に出るなり、宏美が言う。
「ああ、おはよ」
 まだ寝惚けたまま、暖野は応えた。
「おはようじゃないわよ。暖野、風邪だって? 大丈夫なの?」
「あんまり大丈夫じゃないみたい」
「みたいね……」
 実際の体調よりも、寝起きで酷い声になっていた。
「喉の方は大丈夫なんだけど、頭がぼんやりして――」
「昨日も、大分具合悪そうだったからさ。みんな心配してたよ。無理に押し付けたからじゃないかって」
「そう、ごめんね」
「シナリオのことはいいから、ゆっくりしてなよ」
「うん、ありがと」