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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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 幾つかの駅を過ぎた辺りで、文字を追うペースが格段に落ちた。いつものことだ。
 次だわ……
 アナウンスが流れ、ほどなく電車が減速する。
 到着した駅のホームには男子生徒で溢れかえっていた。扉が開くと同時に怒声とも思える声で話しながら、制服の集団が車内になだれ込んでくる。
 その面々に視線を走らせる。
 見慣れた顔を捜している自分に気づき、苦笑する。
 ――馬鹿ね。もう彼はいないのに……
 そう、彼は一学年上だった。私はそれを、この4月になって初めて知ったのだった。それも、彼の顔を見られなくなってから。
 私はまた、本に戻った。
 だが、またもや惨めな気分が襲ってきて、泣きそうになる。
 騒々しい車内で、私はただ文字を追うことだけに集中しようとした。

  ※ ※ ※

 だめ! 間に合わない!
 必死で走りながら私は思った。
 家から駅までの道を全力疾走するのは、並大抵のことではない。だいたい寝起きの悪い私が朝から激しい運動をしようとすること自体、間違っている。
 7時40分。いくら頑張っても、あと3分で駅に着くのは無理。
 次は何分だったかな――
 走るのを少し中断して、時刻表を思い出してみる。
 確か、48分だったはず。急行だから、それでも何とか遅刻せずに済むだろう。
 走る必要を感じなくなると、途端に息苦しさが倍増した。そのため歩調はどうしても遅くなってしまった。
 結局私は、駅までの最後の百メートルあまりを全速力で走ることになったのだった。
 踏切を横切る電車が見える。
 急がないと!
 改札口を走り抜ける。
 車掌が笛を吹いたまさにそのとき、目の前の扉から駆け込んだ。
 間一髪、ほっと胸をなでおろしたのも束の間――
 ああ……
 全身に電撃を受けたような衝撃だった。心臓が止まるかと思った。
 どうしよう……
 目の前に、その人はいた。
 何の前触れもなく、いきなり。
 何てこと。なんという偶然――!
 この時ばかりは、いつもの電車に乗り遅れたことを感謝した。
 私は、この人を捜し求めてたんだわ――
 動くこともできず、彼から目を離すこともできなかった。
 こんなことは初めてだった。
 まさに一目惚れだった。
 満員電車の中で、彼と私との間の距離はわずか1メートルもなかった。
 荒い息をしていないだろうか。心臓の鼓動が聞こえはしないか――
 私はずっと、そんなことばかりを気にしていた。
 何せ百メートルを走ってきた直後に息もつけない状況に遭遇してしまったのだから。
 馬鹿みたいに見えてないかしら。
 ああ、たぶん髪もめちゃくちゃだわ。
 もっと、ちゃんとしておくべきだったと後悔した。
 でも、一体誰が偶然を予測できるだろう。
 ターミナルの駅から郊外へ向かう路線――私と同じ電車に、彼も乗った。
 ラッキー!
 今度は彼から2メートルは離れて吊革につかまった。
 そして私は、彼が自分の降りる駅の数駅前まで行くことを知った。
 この辺りでは有名な男子高のある駅だった。
 それからの私は毎日48分発の急行電車に乗った。下手をすれば遅刻する危険があったが、そんなことはどうでもよかった。


 暖野はしばらく、自分の置かれた状況を理解できないまま宙を眺めた。
 電気スタンドが点けっ放しだった。
 手元には金色に輝く懐中時計。どうやら机に突っ伏して眠ってしまっていたらしい。
 暖野は身震いした。
 寒い。
 そのはずだった。パジャマの上に何も羽織っていない。
 まだ、頭がぼうっとしていた。
 今、何時だろう――
 目の前のそれに目を向ける。
 寝惚けていたせいだろう。暖野は懐中時計の指す時間を、そのまま鵜呑みにしてしまった。
 7時58分!
「いけない! 遅刻だわ!!」
 慌てて立ち上がったのがいけなかった。彼女は次の瞬間、激しい眩暈(めまい)に襲われて昏倒してしまったのだった。


 どうしてなの?
 私は誰にともなく問いかけた。
 私には、彼しかいないのに……
 彼に手紙を渡してから、もう半月が過ぎていた。
 巷にはクリスマス・ソングが溢れ、派手な飾りつけが店のウィンドウを賑わせている。
 TVではクリスマスに向けての恋愛ドラマがクライマックスにさしかかっていた。
 クリスマス。恋人たちの甘い囁き。
 私、ドラマの見過ぎなのかしら……?
 そんなことはいはず。だって、男の子だって恋人がほしいはずだもの――
 でも、どうして……
 私は再び自問する。
 彼からは、何の返事もなかった。いや、一度だけ、そうかもしれない電話はあった。
 でも、切ってしまったのだ。自分自身の手で。
 いや、実際には私が切ったわけではなかった。向こうが慌てて切ってしまったのだ。
 その電話の前に、明らかに不審な着信が何度もあった。どこで電話番号を知ったのか、彼に手紙を渡す前から時々かかってきていたのだが、その日はしつこく何度も着信が入った。
 ちょうど父も弟もおらず、代わりに出てもらうにも母は台所に立っていた。
 番号を変更しようにも、彼への手紙にはこの番号とメアドが書いてある。人の多い駅や電車の中で、もう一度手紙を渡すことはとてもできそうになかった。
 不審な番号は拒否設定しているものの、違う番号や公衆電話からかかってくることもあり、どうにも厄介なのだった。
 その日もそうだった。
 知らない番号から立て続けに3回。3回目で暖野は電話に出て、反応がこれまでと同じだと知るや否や「馬鹿」と一言吐き捨てて切ったのだった。着信履歴から拒否設定しようとした時、また着信が入った。
 いい加減頭に来ていた私は、電話に出るなり罵声を浴びせた。
「このクズ! 調子に乗ってるんじゃないよ! 暇人!」
「す……すみません!」
 相手は慌て電話を切った。
 通話が切れてから、私はそれがいたずらではなかったかも知れないことに気づいた。なぜならその声は、これまでの中年っぽいものとは違って若かったから。
 ひょっとしたら、彼からだったかも知れない。なんてことをしてしまったのだろう、私は――
 着信を確認すると、公衆電話からだった。こちらからかけ直すこともできない。
 ああ、もう取り返しがつかないのかしら。たった一度の失敗で、運命の出逢いが泡と消えてしまうのだろうか。
 あの晩、私は泣いた。涙が枯れて、声すらも出なくなって、それでもむせび泣き続けた。
 せっかくのチャンスを逃してしまった悔しさで、死んだ方がましだと思った。
 あのいたずら電話さえなければ……。その主を憎んでも憎み切れなかった。そして、それ以上に自分が惨めだった。
 こんなままで年を越すのだろうか。
 つい先日まで、彼とふたりのクリスマスや初詣に胸を膨らませていたのに、今となっては全てが悲観的に思えた。
 幸福は、明日ドアを叩く。
 私は、その言葉に縋った。一時は本気で死ぬことを考えたが、その言葉があったからこそ何とか踏みとどまることができた。
 そう、明日にはきっと、彼が返事をくれる。そう信じるしかなかった。
 もうすぐ冬休み。彼に会えなくなる。それまでには何とか――


「――暖野! 暖野!」
 あれ? 誰かが呼んでる。
「暖野!」