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大地は雨をうけとめる 第7章 待つ者たち

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 穣禮儀は王宮で行われる儀式の一つだ。毎年十一月に、その年の作物の実りに感謝し、国の安泰を祈る。それは神和師たちが主となって執り行うものだ。
「パルシェム殿は君が応対してくれ」
 ルシャデールはうなずいた。
「ミナセ家に一緒に連れて行く」
 え? と、トリスタンが聞き返した。
「稽古に行くつもりかい?」
「もちろん。ここにいたからって、二人の容態がよくなるわけじゃない」
 パルシェムはきっとへゼナードのそばにいたがるだろう。彼女だってアニサードが気づくのを待っていたかった。だが、その一方で「目覚めない可能性」も、頭の中で羽虫のように飛び回っている。じっとここにいても、不安がつのるだけだ。
「昨日、エディヴァリ様に従僕をお借りした。そのお礼も言わないと」
 そうつけ加えたルシャデールを養父は気遣わしげな眼差しを向ける。 
「まあ、その方が気が紛れていいかもしれないな。ただ、彼が大人しく行くかな?」
「猿ぐつわ噛ませて簀《す》巻きにでもすれば何とかなるさ」
 その言葉にトリスタンはぷっ、と吹きだした。

 二人が寝かされている客間へ行くと、パルシェムがトルハナにナスの煮物を包んでぱくついている。どうやら食事もせずに来たらしい。
「ここはいい料理人がいるな。ガマガエルにはもったいない」
「うちは使用人の給金をけちっていないからね」
 しょっぱなから憎まれ口の応酬だ。普段なら、もう少し続くのだが、互いに気落ちしているのか、出てこない。
「昨日と同じなんだな」パルシェムは寝台の方に目を向け、深く息をついた。
「気がついてたら、夜中でも使いを出してる。さっさと食事をすませたら、行くよ」
「どこへ? 」
「舞の稽古に決まってる」
 パルシェムは、ルシャデールが見ていて面白いほど、口をあんぐりあけて、彼女を見た。
「自分の侍従が心配じゃないのか?」
「ここに詰めていたからって、二人がよくなるとでも? これだから甘ったれるだけのお坊ちゃんは嫌だ」
 青白い彼の顔が見る間に赤くなってくる。
「おまえにそんなことが言えるのか!? おまえがそんな冷たいからイスファハンは逃げ出したんだ!」
「何だって!?」
 そこへ、
「お下げしてもよろしゅうございますか?」
 静かに声をかけたのは従僕のルトイクスだった。パルシェムの食器を下げに来たらしい。
「うん、もう終わった」
 二人は押し黙った。カチャカチャと陶器製の食器が片付けられていく。
「気の利く従僕だ」
 ルトイクスが出て行った後で、パルシェムがぽつりとつぶやいた。神和家の跡取り二人が口論しているのを、うまく治めてしまったのを指しているのだ。
「ダメな親には出来た子が育つって言うけど、そんなもんか」
 こいつ、またケンカをふっかけるつもりか。
 ルシャデールはむっとしたが、四つ年下のパルシェムと一緒になって怒っているわけにもいかない。
「パルシェム」穏やかな口調を心がけようとするが、頬がひきつる。「私たちは神和家の跡継ぎとして責任ある立場だ」
「それがどうした?」
「いかなる変事があっても、それに動揺することなく、平常心をもって自らを律せねばならない」
「僕はいつも平常心だ」
 どこがだ。あ、もしかして、泣いたり吠えたりが、こいつの平常心か? 
 笑いがこみあげてくる。
「結構なこと。それなら、昨日エディヴァリ様に世話をかけたお礼もちゃんと言えるだろうね」
「当然だ」
「じゃ、ミナセ家に行こう。とりあえずエディヴァリ様にお礼だけでも言わなければ。稽古をするか、しないかは、その時に決めればいい」
「子馬と馬丁は返してしまった」
「一緒に輿に乗って行けばいいさ。おまえ一人ぐらい、なんとかなるだろう」
 パルシェムは不満げだったが、結局ルシャデールの言う通りにした。
 ミナセ家まで行って、礼だけ述べて帰るわけにもいかなかった。常と変わらず稽古に来たとは殊勝なこと、とエディヴァリが二人をほめ、パルシェムは「いえ、僕はこれで失礼します」などと言えなくなったのだ。
 稽古を終えても、パルシェムは自分の屋敷に帰ろうとはしなかった。ルシャデールと一緒にアビュー家へ来た。
 小侍従の二人に変わりはなかった。
 トリスタンは会合に行ってしまって不在だ。昼食はルシャデールの部屋で、パルシェムととった。
「オリーブの塩漬けが上手い女は料理がうまい、って昔、父さんが言っていた」
 父さんというのは、実の父のことだろう。
「ふうん」
「でも、これは去年のだね」
 オリーブの収穫は十一月頃だから当然だ。
「新鮮なうちに作ったものとは違うね、やっぱり。うちにいた料理女が作るオリーブの塩漬けはおいしかった。いくら食べても食べ飽きるってことがないんだ。大きな瓶に漬けてくれたけど、一週間で食べてしまった」
「へえ」
「もっと食べたいって言ったけど、もうオリーブの収穫時期は終わってしまっていたんだ。そしたら、母さんは召使に言いつけて、ギョクスルから買い付けてくれた。僕は大切にされていたし、うちはお金があったからね」
「ギョクスルから……ね。さぞ美味しかったろう」
 フェルガナの西方にある国、ギョクスルはオリーブやブドウで名高い。特にオリーブは王侯貴族が食するような、最高級品を産していた。
「毎日食べて、二週間目には飽きてしまった。残ったのは召使に分けてやったよ」
「御親切でお優しいパルシェム坊ちゃまに、みんなさぞ感謝しただろう」
 半ば嫌味をこめて言う。何か言いかえしてくるかと思ったが、黙ってしまった。
「昼から、私は近所の病人を診に行くけど、半時ぐらいで戻るよ」
 カプルジャの様子を見に行かねばならない。 
「客を放ったらかして行くのか? 僕も行く」
「ソワムについていなくていいのかい?」
「同じ神和家の者として、他家《よそ》でやっていることを見知っておくのも悪くないだろう」
 じゃまくさいな、と思ったが、トリスタンからパルシェムのことを頼まれている。ルシャデールは軽く息をつき、いいよ、と答えた。
「近いから歩きだよ」
「神和家の嫡子が歩くのか?」
「いやなら来るな」
「行く」
 
 カプルジャは少しずつ体力が落ちてきていた。彼の身をおおう黒い影は徐々に濃くなっている。とはいえ、痛みがないぶん前より楽そうだ。
 パルシェムは邪魔にならないよう、後ろに控えてルシャデールのすることを見ていた。
「若い人はいいねえ」
 カプルジャはルシャデールとパルシェムを見てつぶやく。微かな笑みには、自分がとうに失った若さへの憧憬と羨望がにじむ。
「そうでしょうか?」
 ルシャデールとしてはそう答えるしかない。「若くない」ということが、どういうことなのかわかっていないからだ。
「そうとも、未来は光に満ちあふれ、あるのは期待と希望だけだ」
 そういうわけでもない、と、ルシャデールは思う。若ければ若いなりに、精神《こころ》の未熟さや経験不足、自意識過剰が引き起こす失敗や葛藤、挫折をいやと言うほど味わう。
「わしが御寮さんぐらいの時か……上の兄が街で馬に蹴られて死んだのは。わしは商人になりたかったが、親のあとを継いで羊飼いさ」
「そうでしたか」