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大地は雨をうけとめる 第7章 待つ者たち

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 カズックには、行っても会えないぞ、と言われたが、ただ待っていることもできなかった。ルシャデールはユフェリへ行ってみる。
 このまえアニスの母に会った灯台野には誰もいなかった。よく見かける楽師のラフィアムも他の精霊も姿を現さない。この世との境の『橋』や、死者の魂が憩う『庭』にも行ってみたが、知った顔はいなかった。
 仕方なく『囚われの野』に足を踏み入れる。
 茫漠《ぼうばく》とした赤茶色の岩だらけの荒れ地だ。
 空は曇って薄暗い。風はなく、空気はどんよりと重かった。
 得体のしれない不安に襲われながら、じっと待っていると、竪琴の甘い音色がかすかに流れてくる。優美な曲はこのわびしい地には不釣り合いに思えた。
 やわらかな音は天へ地へと吸い込まれていき、やがて空気が変化した。
 ポツポツと空からのしずくがルシャデールを打つ。それはじきに驟雨《しゅうう》となり、見る間に乾いた土地を潤し、小川となって流れていく。
 草が岩の割れ目から生い出てきた。
 草はするすると伸び、白や黄色の花を咲かせる。
 ルシャデールは目の前で繰り広げられる変化に見入っていた。ふと気づくと雨は上がって、少し離れた岩にラフィアムが腰かけていた。
 ルシャデールを認めると、彼は手を止めて「やあ」とにっこり笑みを向けた。
「尋ね人かい?」
 どうやら彼女が何をしに来たか、わかっているらしい。
「アニスを探しに。どこにいるか知ってる?」
「知ってるよ」彼はあっさりと答えた。「でも、連れ帰るのは無理だ。カズックに言われなかった?」
「だけど!」
「彼はシリンデのところにいる。あの領域はここ、『囚われの野』の一角だけど、シリンデの許しがなければ入れない」
「どうして? ユフェリは自由自在に動けるって、前にカズックは言っていた」
「たいがいのところはね。ただ、シリンデの領域は、『計画』に関係している」
 『計画』のことは聞いたことがあった。個々の魂たちはユフェリからカデリに行く前に、生まれて行った先で何をするか、ある程度決めている。それに対して他者が変更を強いることはできない。
 彼は再び竪琴をつま弾く。
 それ以上何も教えてくれそうになかった。
 ルシャデールは月の女神の領域に意識を向け、移動する。 
 夜の世界だった。
 月の湿った光に照らし出される二つの塔。それは越えてはならない境界を示しているかのようだ。その間を一本の道がくねりながら伸びている。
 道の果てには山並みが黒々と浮き上がっていた。
 その山並みには覚えがある。舞の稽古中にパルシェムが倒れた時に見たものだ。
 あの時の幻視はこのたびの事件を暗示していたのかもしれない。黒い犬はアニスだったのだろうか。
 ルシャデールは塔門へとゆっくり歩いていく。踏み込んだら何が起こるのか。まさか消されることはないだろう。それとも、戻れなくなってアニスみたいなことになるのか?
 意を決して一歩、踏み入れる。
 何も起こらない。
 なんだ、入れるんじゃないか。
 そう思って、もう一歩踏み出した時だ。元から渦巻く風が湧き起った。いとも簡単に風にすくわれ、吹きあげられていく。
 うわあ!
 何がどうしたのかわからぬままに、つむじ風というよりは竜巻のような猛々しい気流の中、ゆすぶられ翻弄される。
<入ることはならぬ!>
 はっきりと拒絶の意志が伝わってくる。
 そのうちに風はゆっくりとおさまっていき、気がついた時、彼女は見知らぬ家にいた。
 ここは?
 彼女は天井近くに浮いた状態で床を見下ろしていた。
 やせた男が布団に横たわり、止まらない咳に苦しんでいる。黒い死の影が男の身をおおっていた。
 家の中には家具らしい家具もなく、小さな衣装箱が一つと、部屋の隅にはよく水売りが担ぐ大きな水差しがあった。真鍮《しんちゅう》製で、もとはぴかぴかだったのだろうが、かなり傷がつき、色もくすんでいる。背負うための皮のベルトは切れたところが補修してある。
 戸口には近所のおかみさんだろうか、女が二人小声で話をしていた。
「へゼナードは帰ってこないのかい? この前帰ってきてからずいぶんになるじゃないか」
「お屋敷のお許しが出ないんだろか」
「……ピスカージェンからは遠いしねえ」
 ルシャデールは男を見下ろした。両胸に黒い気がたまっている。呼吸をするたびにゼイゼイと音がする。熱もあるようで、かなり苦しそうだ。
 体から脱けた状態で癒しの術が使えるのか、試したことはなかった。死を遠ざけるのは無理としても、少しでも苦痛を和らげることができればと、下に降りていく。
 枕元にひざをついた時、目が合った。
〈天女《アプセラ》さま? お迎えに来てくだすったかね?〉
 ルシャデールは首を振った。
 右手を天に左手を地に向けて、天地の気を自分の中に取り込む。力強い『地の気』と軽やかな『天の気』が彼女の中に流れ込んでくる。
 今度は腕を横に広げ、二つの気を混ぜ合わせる。
『天の気』が強い。
 彼女が脱けているからか、それとも男がこの世界から脱けようとしているからなのか。肉体の治癒には『地の気』が強い方がいいのだが。
 彼女は不安そうに見ている男に両手を向け、『気』を放つ。
 男は驚いたように目を見開き、徐々に苦しげな表情が和らいでいく。
 咳が止まったのを見計らって、ルシャデールは『気』を注ぎこむのをやめた。今度は男から彼女へと、暖かな感謝の念《おも》いが流れてくる。それとともに、遠く離れた地にいる息子への情も。
<あの子たちは元気でやっているだろう。もう会うことはないだろうが、幸せでいてほしい>
 男はかすかに笑みを浮かべた。ルシャデールはいたたまれず、その場を離れた。
屋敷へ。
 自分の体に戻った彼女は布団に入り闇を見つめる。胸が重苦しい。
 どうすれば、二人は、いや、アニサードは戻って来るのか。それとも、戻ってこないのだろうか? もしそうなったら……。
 答えのない問いは終わりがない。寝返りを打ってばかりの夜はゆっくりと更けていった。


 朝は無慈悲にあける。人が死のうと生きようと。
 ほとんど一晩眠れなかったが、ルシャデールはいつものように顔を洗い、食事に行く。
 いつもとほとんど変わらない朝食の風景。
 ただ、アニサードがいない。ヘゼナードとともに眠りこんだままだ。
 トリスタンもルシャデールも無言で食べる。砂をかむような味気なさだ。
「御前様」
 執事のナランだった。
「ヌスティ家からパルシェム様がお見えでございます。応接間にお通ししておりますが」
 トリスタンはわずかに眉をひそめる。
「早いな」小声でつぶやき、面を改めてナランに指示をだす。「ソワム殿のことが心配なのだろう。二人が寝ている客間に通しなさい。もし、朝食がお済みでなければ、用意するよう厨房の方に伝えなさい」
 かしこまりました、と下がる執事を横目に、ルシャデールは塩漬けのオリーブを口に放りこむ。
 きっと、パルシェムも眠れなかったに違いない。眠れない夜をどう過ごしたのか知る由もないが、とばっちりを食うのはきっと召使だろう。

「こんな時だが、今日はこれから穣禮儀《エトルワ》の準備の会合がある」
 食事が終わって、トリスタンはルシャデールに言った。