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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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時計

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8. 冬の日


 綾音は窓の外を見ていた。
 雪が、音もなく降っている。
 朝から冷たい風が吹いていて、雪になるだろうとは思っていた。
 今、雪は数メートル先の木立も見えないほどの勢いで降っている。
 数学の時間。綾音は数学が苦手だ。教師がいくら分かり易く説明しても、綾音には単なる数字と記号の羅列にしか見えない。だから、こうやって外を眺めて暇潰しをしているのである。
 他の生徒達も、心ここにあらずといった様子である。冬休みも近い。誰と誰がくっついて、イヴにデートするなどといった噂は、数週間も前から出回っていた。
 冬休みはその短さにもかかわらず、意外とそれを感じさせない。年末年始という一つの節目にあたることが、そうさせるのかも知れなかった。
 綾音は雪が好きだ。純白の結晶が漂い落ちてくるさまを見ていると、何となく心が浮ついてくる。しかし同時に憂鬱でもあった。それは雪のせいで電車が大幅に遅れるであろうということでもなく、駅から自転車を押して帰るのが億劫だったからでもなかった。
 綾音には、冬休みの予定などというものがなかったのだ。祖父母と同居の彼女には、帰省するような田舎もない。
 圭子はクリスマスには今年出来たばかりの彼氏とどこかへ行くと言っていたし、他のクラスメイトも大なり小なり何らかの予定を持っていた。
 知らぬ間に一人だけ取り残されたような気がして、綾音は溜め息をつくばかりだった。炬燵に丸まって蜜柑の皮を剥いている自分の姿を想像すると、侘びしい思いで一杯になる。
 そういうとりとめのないことを考えていた彼女の思考の端に、チャイムの音が割り込んでくる。席を立つ音に紛れて、日直が「起立」と号令をかけるのが聞こえた。
 綾音はおもむろに立ち上がった。
「礼――」
「ありがとうございましたぁ」
 だらしのない唱和が終わると、教室内はたちまち嬌声の坩堝(るつぼ)と化した。
 再び窓外に目を向けた綾音の肩に、誰かが手を置いた。
「ねえ――」
 ほとんど気を抜いていただけに、綾音は飛び上がりそうになる。
 振り向くと、そこには島松美依子のふてくされたような顔があった。
「何、怖い顔してんのよ。私が何かした?」
「美依(ミイ)……」
「せっかくいい情報を持って来てあげたっていうのに……」
 それを聞いて、綾音の表情が輝いた。
「え? いい情報? 何?」
「そんなにがっつかないの。でも、どうしようかなぁ。――教えてあげてもいいんだけどなあ……」
「いいじゃない。もったいぶらないでさ」
 綾音は、美依子の肩を揺すった。
「仕方ないなぁ」
 美依子は言った。「――綾音は、確か彼氏いなかったよね」
「そ、そうだけど……。それが?」
 痛いところを突かれて、綾音は口ごもる。
「それが第一条件。実は、今度のクリスマスイヴにね、H高校と合同でパーティーをやることになったの」
「H高って――」
 その名には、綾音も聞き覚えがあった。
 それもそのはずで、H高校は今年のラグビー全国大会でシード校になっているほど、ラグビーで名を馳せた学校なのだ。もちろん、男子校である。
「そんなことより、綾音は来る?」
「うん……。行ってもいいけど」
「何だか、あまり気が乗らないみたいね」
「ううん、そんなことない!」
 綾音は慌てて否定した。「でも、第二の条件ってのも、あるんでしょう?」
「何だ、そんなこと気にしてたの」
 美依子は笑った。「それはね――」
「それは?」
「イヴの晩に、空いてるってことよ」
「なあんだ」
「じゃあ、決まりね。よかった。もう人数に入ってたのよ。綾音は」
「それじゃ――」
「そう。訊いてみただけ」
「何よ、それ」
 綾音は呆れて言ったが、その顔は笑っていた。「それで、こっちからは誰が行くの?」
 綾音は何を着て行くか、すでに考え始めていたのだった。
 そして、その当日がきた。
 夕方になって、粉雪がちらついてきた。
「ホワイトクリスマスかぁ……」
 綾音は白い息を吐きながら、ひとり呟いた。
 街はひどく混雑していた。仕事帰りのサラリーマンやOLの速い足取りが陸橋の向こうにある駅を目指し、逆に駅からは着飾った若者達が吐き出されていた。
 色とりどりのイルミネーション、クリスマスソング、人々の話し声、車の音――。
 綾音はそんな喧噪の端で、寒さに震えながら小さくなって通りを見つめていた。
 午後五時三〇分。それが待ち合わせの時間だった。しかし、今はそれから十五分も過ぎている。
「もう! みんな時間にルーズなんだから!」
 無駄とは知りつつ視線を巡らせると、ちょうど人混みをかき分けて横断歩道を渡って来る苗穂みゆきと目が合った。
「何だ、綾音ひとり?」
 隣に来るなり、みゆきが言った。「他のみんなは?」
 周りを見渡す。
「まだみたい」
 綾音は素っ気なく言った。
「じゃあ、二番手ね。もう、みんな来てると思ったのに」
 みゆきは首に巻いていたマフラーを取って、「暑い暑い」と言いながらあおいだ。
 ――この寒空の下で三〇分以上も待ってる者の身にもなってよ。
 そんなみゆきの姿を横目に、綾音は心の内で毒づいた。綾音は五時十五分から、ここにいたのである。
「遅刻だと思って走ってきたら、汗かいちゃった」
 しばらくして少し落ち着いたのか、みゆきが言った。「ねえ。何か飲まない? 喉がカラカラなのよ」
「そうね。熱いミルクティーでも……」
 熱いものでも飲まない限り、長時間待たされた心身の冷えは回復しそうになかった。
「じゃあ、買ってくるわ。みゆきは何にする?」
「いいわよ」
 少し先に見えている自販機の所へ歩き出した綾音を、みゆきが止めた。「私が行くわ。一応、遅刻した身だしね。――ミルクティーでいいんでしょ?」
 目指す自販機は、ゲームセンターの前にある。綾音がそちらの方を眺めていると、みゆきが血相を変えて戻って来るのが見えた。
「やけに早いな……」
 小銭を入れ、ボタンを押して……と、普通の手順を踏んでいると、もっと時間がかかるはずだ。しかしこの早さは、自販機の前でそのまま向きを変えて戻って来たようだった。
「どうしたの? 何かあったの?」
「どうしたもこうしたもないわよ!」
 みゆきが真っ赤になって怒っている。これは珍しいことだった。
「だから、何なのよ」
「いいから来て!」
 みゆきは綾音の腕を掴んで、強引に引っ張った。
 そして二〇分後。みゆきはまだ怒っていた。
「あんた達、一体どういう神経してんのよ!」
「だから、ごめんって言ってるじゃない」
 半ばうんざりしたように、美依子が言う。
「私はいいわよ。どうせ遅刻したんだから。でも、三〇分もあそこで待っていた綾音はどうなるのよ」
 綾音は恥ずかしい思いで一杯だった。
「みゆき、もういいよ」
 綾音はそう言うしかなかった。
 みゆきが自販機の前まで行ったとき、美依子達はゲームセンターの中でゲームに夢中になっていたのだった。彼女達は五時少し前に来ていて、ほんの時間潰しのつもりで入ったのだそうだが、そのうち熱中してきて待ち合わせのことを完全に忘れていたのだった。みゆきが怒るのも無理のないことだったのだ。もっとも、当の綾音自身はそれほど腹を立てていたわけではなかったが。
作品名:時計 作家名:泉絵師 遙夏