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夢幻圓喬三七日

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初日:平成24年11月22日 木曜日



 
 不思議な夢を見ていた。夢の中で話し掛けてきたのは三遊亭圓朝のようだった。
 落語中興の祖、大圓朝、その功績を称える冠は色々と付くが、残された速記や演目を見ると確かに凄い噺家だったのだろう。いや、文化人というべきなのか、もちろん写真でしか見たことはないが、圓朝本人に間違いはないだろう。
 その圓朝が言うに事欠いて「弟子の面倒を見てもらいたい」とは、まったくわけがわからない夢だった。その細く切れ長の声だけが耳に残っていた。
 そして、この目覚めはなんだというんだろう。初めは目覚まし代わりのラジオかと思ったが、先週で会社を退職して、今は目覚ましとは無縁の生活だということに気づいた。
 それにしても、なんで家の中で急流の音がするんだ。眠いし、寒いし、最悪の目覚めだ。
 やっと目を開(ひら)いて音のするベッドの脇を見た。和服姿の男が正座をして独りしゃべっている。
「たった一本のお材木で助かった」
 そこまで言うと男は静かに頭を下げた。いかに大学時代に落研の副部長だったとはいえ、寝起きでそこまで頭の回転は速くない。落語のサゲということに気づくまで少し時間が必要だった。ベッドの上へ座り直して、恐る恐る未だ正座を崩さない男に声を掛けてみる
「ひょっとして圓朝師匠のお弟子さんですか」
「ええ、えんきょうと申します」
 まさか月の家じゃないよな、眼鏡を掛けてないし、第一まだ生きている。そこで、気がついて目が大きく開(ひらく)のが自分でもわかった。
 屋号は何だったかな? 三遊亭じゃないし、そうだ橘家(たちばなや)だ。
「橘家圓喬師匠ですか」
「左様で、でもあなたはあたしの弟子じゃないから師匠は付けなくていいですよ」
「なんてお呼びしましょうか」
「本名の柴田でいいですよ」
「では柴田さん、やっぱり圓朝師匠に云われて生き返ったんですか」
「そうです。こちらの人にあたしのお世話を頼んだとおっしゃってました」
「僕も圓朝師匠に『弟子をよろしく』って頼まれる夢を見たのですが」
「それは本当に圓朝師匠が頼んだと思いますよ」
「そんなことが出来るのですか? 訳がわからないんですが?」
「あたしも訳がわからないうちにこちらに飛ばされましたからね」
「どうしましょう?」
「先ずは落ち着いたらどうです」
「顔を洗ってきますから、こちらでテレビでも見ていて下さい」
「てれび?」
「説明は後でさせてもらいますから、こちらへどうぞ」
 さほど広くないリビングへ案内してテレビリモコンを押した。
「活動写真みたいなものだね、しかも声と色つきだ、こいつは凄いね」
 携帯電話を見たらなんて言うだろうか、と考えながら洗面所に急いだ。歯を磨きながらこっそりリビングの時計を覗くと8時半だった。
 考えをまとめようとしたが、ダメだ。とにかく情報を集めなくちゃ、そのためにも圓喬師匠と話をしなくてはならない。
 パジャマから着替えてリビングに戻ると師匠はキッチリ正座をしてテレビに釘付けだ。声をかけてみる。
「あの? 朝食まだですよね。お腹空(す)きませんか?」
「そうだね、少し空いたな」
「何にします?」
「香のものと味噌汁でいいよ」
 漬物も味噌も家(うち)にはない、聞かなきゃよかった。
「パンでもいいですか?」
「パンと牛乳かい」
 パンと牛乳は知っているのか、でもだめだ、賞味期限が切れているかも知れない、言わなきゃよかった。
「外に食べに行きませんか?」
「それもいいね」
「そうしましょう、今支度しますから」
 師匠が和服だと気づいた。しかも、羽織袴だ。どうしよう、どうする・どうする。
「師匠も着替えて下さい、それだと今の時代では目立っちゃいますから」
「柴田だよ」
「あっ柴田さん、僕と体型が似ているので僕の洋服で大丈夫だと思います」
「洋装かい?」
「ようそう? そうです、そうです、西洋の服です」
「生まれて初めてだな」
「今、用意しますね」
 クローゼットから無難な服を選んで渡す
「お古で申し訳ありませんがこれをどうぞ。着替えは隣の和室を使って下さい」
「悪いね」
 和室の障子を開けたままで師匠が着替え始めた。さすがに和服を脱ぐのはお手の物だった。するすると脱いでフンドシひとつになると、首に掛かっていた白い袋も取って洋服を着た。服はおかしくはなかったが、これほど洋服の似合わない人を僕は他に知らない。
 着物のたたみ方はさすがに手馴れているようだ。僕も落研時代に経験はあるが、これほど羽織袴を早く、しかもきっちりとたためる人は初めて見た。
 たたみ終えた和服の上に首から下がっていたその白い袋を置こうとして、繁々(しげしげ)と見詰めていた。
「それは匂い袋か何かですか」
「あたしも初めて見たが、たぶん三途の川の渡し賃の六文錢じゃないかな」
 そうだった、この師匠は一度死んだんだ。夢の中で圓朝師匠も言っていたが、今の世に21日間だけ生き返ったんだった。おそらくはその六文錢が入っているであろう袋を恭(うやうや)しく和服の上に乗せてこちらに振り向いた
「お銭(あし)を持っていないんだが、少し廻してもらえないかね」
「圓朝師匠に”よろしく”って言われてますから僕が出しますよ」
「そんなわけにもいかないだろう、拵えるまで貸しといてもらえるかな」
 どうやってお金を稼ぐのかなと思ったけど、
「わかりました、そうしましょう」
「ちゃんと帳簿に付けといて、後で割り前をしてもらいましょう」
 割り前なんて言葉は、今の時代では落語ファンでなければわからないだろうな

***************
* あの衆は町内の札付きだ
* 割り前を取ったら
* あとが怖い

* 落語 明烏(桂文楽)より
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「そうさせてもらいます。では行きましょう」
 玄関で靴のことに気がついた
「足は何センチですか?」
「センチは分からないけど、十文半(ともんはん)だよ」
「ともんはん?」
「一文銭が十枚(とまい)と半分」
 そんな意味だったのか。学校では教えてくれなかった
「一文は何寸なんですか?」
「八分」
 え〜と、一寸が3センチだから、25センチちょっとか、大丈夫だサイズは合う。こんなことも圓朝師匠は考えたのだろうか。なにが良いだろうと考え、結局ウォーキングシューズを差し出す
「このウォーキングシューズを履いてください」
「うぉーきんぐシューズ?」
「歩くための靴です」
「靴ってのは歩くためじゃあないのかね」
「あっいや、長く歩いても疲れにくい靴です、これをどうぞ」
 靴はすんなりと履けたようだった。
「こりゃいい、ほんとに楽だね。歩行なり易しだ」

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* 今朝(こんちょう)は
* 土風(どふう)激しゅうして
* 歩行なり難し

* 落語 たらちめ より
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 師匠は玄関で嬉しそうに足踏みをしている。テンションがアップしてきたみたいだ。師匠はそんなキャラじゃないんですがね。
 玄関に鍵を掛けマンション廊下をエレベータに向かって進みながら、エレベーターを何て説明しようかと考えてると師匠から先に話しかけてきた
「随分立派なエレベーターだね」
「エレベーターをご存じなんですか?」
作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢