小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

夢幻圓喬三七日

INDEX|1ページ/84ページ|

次のページ
 

マクラ:大正元年11月22日 金曜日


 
 人が死ぬときは案外と簡単なもんだと思った。
 朝友(ともふさ)のマクラで色々と語ったが、死んでみて初めてわかった。肺病で長年苦しんだことを考えると、静かに死ねたことに感謝すべきだろうか。だれに感謝する? 女房か、死神か、師匠か、それとも……。
 どこを歩いて、どこに向かっているんだ。おぼろ月のような薄暗さだが月はない。これでは月と話は出来ないか。

***************
* 筆持って
*   月と話すや
*       冬の宵

* 橘家圓喬 辞世
***************

 ふと着ているものに気づく。羽織に袴だ。このまま落語研究会の高座にも上がれるだろう。おげんが着せてくれたようだ。口は悪いが出来た女房だった。胸のざわめきも今はない。死ぬと宿痾(しゅくあ)も治るのか。遠くに船着き場が見えている。三途の川の渡し舟だろうか?
 あすこに朝友みたいに鬼が出るのか、葬頭河(しょうずか)の婆(ばば)がいれば、こりゃ前の圓遊さんの『地獄廻り』だな。

 本当に葬頭河の婆がはっきりと見えてくる。地獄廻りの方だったか。
 おげんは三途の川の渡し賃は持たせてくれただろうか? それとも印刷か? どこでも噺は復習(さら)えるから、渡れなくても差し障りはない、と考えることにした。
 婆の後ろにもう一人いるのはだれだ? 地獄廻りには出てこなかったな。
 顔がはっきりとしてきた。特徴のある髪、鼻、耳、口元、そしてなによりそのとぼけた目。師匠? 七つで入門を許されて師匠が死ぬまでの三十年近く見てきた。忘れるものか。師匠だ。何年ぶりだろう、すっかりご無沙汰してしまったが、間違いなく圓朝(えんちょう)師匠だ。思わず小走りになって近付いてしまう。
「師匠、暫(しばら)く振りでございます」
「あたしにとっては暫く振りって気はしないんだが、まあ、そんなことはいいよ、お前に頼みたいことがあるんだよ」
「なんでございましょう」
「あたしには挨拶なしかい、いい度胸してるね」
 婆さんが割り込んできた。
「まあまあ、ここはあたしに免じて、話を続けさせてもらいますよ」
「あんたら噺家はいつだってそうだ、昔はも少し敬(うやま)ってくれたもんだがね。それもこれも、あんな噺を拵(こさ)えるからだろ」
 ぶつぶつ言っているが、師匠は無視を決め込んだようだ。
「お前に生き返ってもらうよ」
 師匠は相変わらず禅問答のような話し方をするが、今はそれすらも懐かしい。もっとも、蒟蒻問答(こんにゃくもんどう)にならなくてよかった。
「今から三七日(みなぬか)、二十一日だけ生き返ってもらうんだよ」
 師匠はそんなことも出来るのか、ここ地獄でもそんなに偉いのか?
「なにを驚いているんだね、いろんな人に計らってもらってそう決めたんだよ。決めたんだよ」
「はい、承知いたしました」
「そうそう、その思い切りのよさがお前の持ち味だ」
 師匠はそう言ってくれたが、そんなことはない。いつも悪い方にばかり考えてしまう。それも自分だけでなく、大きなお世話の他人にたいしてもだ。それもこれも全ては肺病のせいだ。師匠が続ける
「もう胸の病は治っているよ、長い間苦労したね、ね」
「いえ、このお蔭で出来たこともございますから」
「でも、出来なかったことも多いんじゃないのかね」
 師匠は知っていたのか? 更に追い打ちがかかる
「いくつか噺を捨てたろ、それに、他の人が呑気にしてるのが我慢できなかったろ」
 やっぱり師匠はお見通しだった。
「出来れば替わってやりたかったが、あたしも瘡(かさ)を掻(か)いていたからね」
「そのお言葉だけで嬉しゅうございます」
「これから三七日は大丈夫だよ、思う存分に噺が出来るよ、よ」
「それでなにをすればよいのでしょうか」
「そうそう、その話をしなくっちゃだ、生き返るのはお前が死んでからちょうど百年後だ」
「えっ」
「そこにはもうお前の高座を目にした人は一人も残っていないから、そうしたんだよ、それに切りも良いしね」
「でも、写真と蓄音機に声を残してますが」
「あんな物は気にするこたぁないよ」
「そうでしょうか」
「そうだよ、あたしも声を残したいと思ったこともあったが、今では残さなくってよかったと思っているよ」
「そりゃなぜです」
「後(のち)の人たちが色々と想像して楽しんでくれるからね」
「そんなもんですかね」
「そんなもんだよ、それより生き返ったお前には思う存分に噺をしてもらいたいんだ」
「それだけですか」
「そう、それだけだよ、あっちの世界でお世話をしてもらう人には、もう頼んであるから」
「そりゃだれです」
「あたしもよくは知らないんだが、まあ適当な人だよ」
「本当に噺をするだけでよろしいのでしょうか」
「ああ、今度はし残しがないように噺をしてきなさいよ」
「承知いたしました」
 なんだかよくは分からなかったが、悪い頭であれやこれや考えても始まらない。
 兔にも角にも行ってみようじゃないか、百年後の世界とやらに
「じゃ、楽しんできなさいよ、よ」
 師匠の言葉と同じくして自分の姿が消えた。

◇ ◇ ◇

 三途の川の渡し場に残った三遊亭圓朝に葬頭河の婆が問いかける
「師匠と弟子ってのはあれだけで話が通じるものなのかね」
「さあ、どうでしょう、あれこれ言わない方が善いこともありますよ」
「無舌(むぜつ)かい」
「さすが葬頭河の婆さんだ、上手いことを言う」

***************
* 法名 三遊亭圓朝 無舌居士

* 本名 出淵 次郎吉
***************

「煽てたってなにもでないよ、それより戻って来たときが楽しみだね」
「そりゃもう、閻魔様はじめ大勢の人たちが楽しみにしていますからね」
「なにもかもあんたの筋書通りに行くかね」
「それはまぁ、仕上げをごろうじませ、ですよ」

***************
* 大工は棟梁
* 仕上げを御覧じませ

* 落語 大工しらべ
* (橘家圓喬)より
***************

作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢