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夢幻圓喬三七日

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二日目:平成24年11月23日 金曜日 勤労感謝の日



 
 落語鑑賞会が終わったのは日付を大きく跨いでいたにもかかわらず、昨日と同じ時間に目が覚めた。いや、昨日は師匠の噺で起こされたんだった。
 リビングに行ってみると師匠の声が聞こえてくる。すでに起きて稽古をしてた。
「何をしてるんやいな、あの男は、まだあないなことしてるやないかぁ」
 関西弁だから上方の噺かな? これだけじゃ何の噺だかわからないや。あとで聞いてみよう。
「柴田さんおはようございます」
「はい、おはようさん、河井君」
 いきなり名字で呼ばれてびっくりした。今日は両親がいるから河井君と呼ぶようだ。しかも関西弁だ。
 師匠に洗面の案内をする
「洗面所はトイレの隣です、歯ブラシを用意しますね」
「悪いね、帳簿に付けといてくれよ河井君」
 呼び方に早く慣れるつもりだ。僕も早く慣れよう
「はい、昨日は遅くなってお風呂に入ってないので今から入りますか?」
「いや、下帯(したおび)の替えがないんだよ」
 下帯ってひょっとしてフンドシのことかな。知識を振り絞って聞いてみる
「パンツ、猿股じゃダメですか」
「なんだい、さるまたって?」
 猿股でも通じないとなるとお手上げだ。知っているフンドシを言ってみる
「越中フンドシですか」
「あたしは兵役に行ってないから六尺だよ」
 六尺フンドシのことしか意味がわからないけど、あれこれ聞くことはもうやめた。初日で慣れた。クローゼットから僕のトランクスを出して師匠に見せる。
「こんなのはどうでしょう?」
「鹿鳴館のご婦人じゃないんだから、そんな物は締められないだろう。晒(さら)しでもいいんだけどな」
「家にはないので朝食が済んだら買いに行きましょう」
「コンビニにはないよな?」
 多分、いや絶対にない。でもあの店長なら扱っている店を探してくれそうな気がする。いいや甘えちゃダメだ。
「柴田さんが洗面所を使っている間に調べておきます」
 ネットによるとドラッグストアには置いてあるようだった。ドラッグストアは定食屋の先だから、朝食は自然と定食屋に決定してしまう。
「場所がわかりました。定食屋の近くですから朝食は定食にしましょう」
「おお、楽しみだな」
 支度が済んで部屋を出ると、外の空気が昨日とは違っていた。そうか、世間は今日から三連休なんだ。退職したことで無頓着になっている。管理人室も暗いままだ。今まで気にも留めたことがなかったのに、管理人さんがいないことに、僕は少しがっかりしている。その気持を切り替えるように師匠に話しかけた。
「今日演る噺は決まったんですか」
「うん、これにしようって噺はあるけど、お客さんを見てからだな。何せ初めての席だからな」
「多分両親と歳の近い、商店街や住宅地の人たちでしょう」
「何歳(いくつ)なんだい」
「二人とも六十三ですよ」
「そうかい遅い子どもなんだな河井君は」
「そうですね、少し遅いかもしれませんね。でも、今は結婚も遅くなってますから、ほんの少しですよ」
「ご両親は仕事はしてんのかい」
「いいえ年金生活です。町内会の世話役はしているみたいです」
「お世話をかけちまうな。お礼をしないとな」
 言っているうちに定食屋に着いた。

「旨いのをまた食いに来たよ」
 店にはいると昨日のオバサンが微笑んで迎えてくれる。
「また、卵とハムを交換しよう」
 今日は鮭定食にしようかなと思ったのに、注文の品を決められてしまった。僕がお茶を用意する。当然、師匠には温めの白湯だ
「実家では町内会の集会なんかをしてますから、お客さんには慣れていますよ」
「そうかい、でもあとで電話でお礼をしとこう」
「大丈夫ですよ」
「そういうわけにはいかないよ、それに伝えときたいこともあるしな」
「何を伝えるんですか」
「茶と菓子の支度をお願いしなくちゃならないだろ。菓子はこっちで買っていくとしてだ。茶の用意はお願いしなくちゃならないからね」
「お菓子を買って行くんですか」
「そりゃそうさ、帳簿に付けてもらう身だから威張(えば)っては言えないがね」
「実家へ行くときに買いましょう。それじゃ、部屋へ戻ったら実家に電話しますね」
「ありがとな」
 そうこうしているうちに二人分の定食をオバサンが運んできてくれた。おや、師匠のトレーには生卵の代わりに小皿にハムが二枚乗っている。
「おっ、あんたが換えてくれたのかい、悪いね。ここのハムが気に入っちまってね」
「お好きそうだから換えましたけど、良かったかしら?」
「おお大良(だいよ)かっただよ」
 こんなことなら鮭定食にすれば良かった。お互い最後の一口をハムで締め括って食事が済んだ。ちょうどドラッグストアの開店時間の10時だ。会計を済ませる。
「やっぱりハムは旨いね。また来るよ、ごちそうさん、ありがとね」
 おばさんのまたどうぞの声に送られて店を出る

「サラシは何メートル、いや何尺買えばいいんですかね」
「一反もあれば充分だよ」
 食い下がろうか迷ったがやめた。どうせ聞いたところで、売り物はメートル単位に決まっている。
「ほかに何か買う物があれば選んで下さいね」
「剃刀(かみそり)がいるな」
「髭ですか、僕は電気剃刀を使ってますが」
「なんだそりゃ、電気ブランより危なそうだな」
「危なくないですよ、安全剃刀よりも安全ですよ」
「安全剃刀ってどんな剃刀だ」
 ゲッ! 安全剃刀はまだなかったのか。
「帰ったら試して下さい」
 ドラッグストアは開店したばかりと見えて、女の子が店の前に、商品を忙しそうに並べている。いやだな〜、男性かオバサンの店員が希望なんですけど。店の奥を覗くと第二希望発見! 母親と同世代の、白衣を着た女性が薬棚を整理していた。あの人なら、たとえ師匠が無茶な割り込み会話をしても、あしらってくれそうだ。師匠に先んじて女性に声を掛ける
「すみません、サラシありますか」
「サラシですか、何にお使いになりますか」
 おっと、そう来たか、真実は教えられない。
「そんなに種類があるんですか」
「ええ、素材と長さが色々ありますよ」
「え〜とですね……」
 軽くあしらわれたのは僕の方だった。師匠、早く割り込んで下さい。僕の願いが叶って師匠が割り込んでくれる。
「下帯を拵えたいんだけどね」
「それでしたら綿ですね、こちらです」
 サラシが置いてある棚まで案内してくれる
「五メートルと十メートルがありますが」
 両方を手に取って見せてくれた。師匠はそのサラシを見て
「おお、ちゃんと巾が九寸五分(くすんごぶ)あるみたいだな」
 九寸五分って、落語で聞いたことがあるけど、何の噺だか思い出せない。

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* ご先祖が差した九寸五分の
* 短刀まであったから

* 落語 四段目 より
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 オバサンは少しニコッとして師匠を見ているけど、僕は気づいてしまいました。サラシが入った袋には巾33.5センチって書いてある。これじゃ一尺一寸だ。教えてあげなくちゃ
「巾は一尺超えてますよね」
 オバサンは更にニコニコして
「鯨尺(くじらじゃく)の九寸五分だからこれでいいのよ」
作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢