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赤狭指村民話集成

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蹴り上げ祭



 床津地方の奇祭、蹴り上げ祭。「ミス蹴り上げ」を選定し、指定文化財の墓石をその女性が蹴り上げるというこの一風変わった祭には、こんな言い伝えがあるそうじゃ。


 時は安永の頃。
 この地方に、作兵衛(さくべえ)という青年が住んでおった。作兵衛は、小さい頃両親に死に別れ、一人ぼっちで狭い畑を耕して日々を過ごしておったそうじゃ。じゃが、元来無口で目立たない性格の作兵衛は、この孤独で慎ましい暮らしも満更ではない様子じゃった。
 ところが、そんな大人しく生きている作兵衛を苛む存在がおった。作兵衛の近所に住む豪農の一人娘で、お染(おそめ)という名のこのじゃじゃ馬は、仲間たちを引き連れて作兵衛の元を訪れ、殴る蹴る、着物を破く、肥をぶっかけるなどといった行為で、常日頃作兵衛を苛めて遊んでおったそうじゃ。


 ある日の事じゃった。
 この日、たまたまお染は物見遊山へ出かけていたため、作兵衛はお染の仲間たちにいつものように苛められておった。ところが、どうも仲間内の誰かがもののはずみで打ちつけた拳の打ち所が悪かったようで、作兵衛は突然田んぼに突っ伏したまま動かなくなってしもうた。皆、始めは何かの冗談だと思っとったが、作兵衛がいつまでもたっても身じろぎもしないので動揺し始め、しまいには我先にと逃げ出してしまったそうじゃ。

 仲間たちは、物見遊山から帰ってきたお染にこの事を話した。普段、お染は率先して作兵衛をいじめ抜いていたので、それくらい笑い飛ばすかと思ったが、烈火のごとく激怒したんじゃな。
そして仲間たちに「金輪際縁を切る」と言い捨てて、立ち去ってしまったそうじゃ。

 家に帰ったお染は、父に直談判した。
「作兵衛が死にました。私はその場に居ませんでしたが、私が殺したようなものです。私の嫁入りのお金で彼の墓を建てさせてください。私は尼となり、終生作兵衛を弔うことにします」

 これを聞いたお染の父は一喝した。
「そんな男のことなぞどうでも良い。一人娘のお前には婿を取ってもらわねばならん。尼などとぬかすでない」
さすがのお染もここまで父に言われては引き下がる他無く、作兵衛の屍も打ち棄てられたままとなってしまったんじゃ。

 この頃から、この地方に異変が起きはじめた。近隣の赤狭指山に土砂崩れが起こる。日照りが延々と続き、田畑が枯れ果てる。その結果飢饉が起こる。これまた近隣の潮音の海も荒れ果て、不漁の日々が続く。次々に降りかかってくる未曾有の厄災を、皆は打ち棄てられている作兵衛の祟りだと噂しはじめたのじゃ。
 この噂に、お染の父は狼狽えたんじゃな。厄災は無論恐ろしい。しかしそれ以上に、この厄災が作兵衛の祟りならば、作兵衛の屍骸を打ち棄てておいた自分の命が危ういことになる。お染の父は慌てふためき、捨て置かれてカラスに啄ばまれていた作兵衛の屍骸を手厚く葬って墓を建て、供養をしたんじゃ。
 だが、それでも厄災は治まらなかった。むしろどんどん酷くなっていく一方じゃった。


 止まぬ厄災に誰もが慌てふためいている状況。その中で、業を煮やしつつも落ち着き払っていたのは、お染じゃった。

「祟るなら苛めていた私を祟れば良いものを。罪の無い者にまで祟ってどうするんだ」

お染は、父が建てた作兵衛の墓を訪れ、丁寧に経を読む。そしておもむろに立ち上がり、思い切り墓石を蹴り上げて言い放ったんじゃ。

「あんた、いい加減におし」

墓石はびくともしなかったが、次の瞬間、厄災は嘘のように消え失せていたそうじゃ。


 その後、渋る父を説き伏せてお染は髪を落としてのう。作兵衛の墓の傍らに庵を構え、かつての仲間たちとも和解したお染は、毎日墓を拝んでは冥福を祈り、厄災の度に墓を蹴り上げては村を守り続けたそうじゃ。

(民話採取元:床津郡 左内 仁平)


作品名:赤狭指村民話集成 作家名:六色塔