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新選組異聞 疾風の如く

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 山南は、『試衛館』時代からの一人であり、現在は歳三、新見錦らと同じ三人目の副長である。冷静沈着な性格で、争い事は嫌う男でもあった。
「山南さん」
「――井上さん……でしたか」
「お茶でもどうだい? いい宇治茶が手に入ってね」
 壬生浪士組六番隊組長である井上源三郎は趣味人で、今度は茶の世界にはまっていたようだ。
「あなたは変わりませんね」
「皆も変わっていないよ」
「そう……、でしょうか?」
「何かあったかい?」
「いえ、なにも……。ただ、我々はこれからどこへ向かおうとしているんでしょうね。まだ散らすには惜しい若い命が無残に散っていく」
「逃げ出した隊士の事かい?」
「浪士組は、武士ばかりではありません」
 ――脱走は、切腹。武士ではない者にそれは酷だと、山南は言う。
「君は優しい人だね。山南さん」
「私は不安なんです。この先、大きくなるにつれこの浪士組がどうなっていくのか」
「山南さん、確かにうちはいろいろな人間がいる。悩むのは悪い事じやない。どっちへ進めばいいのか、その答えを出せる人間は、誰もいないと思うよ。悩み迷いながら進むしか、ね」 
「その道が、間違っていたらどうするんです?」
「こうと決めたら最後まで貫くーー、『彼』ならこう答えるだろうね」
 井上源三郎はそう言って、いつもように柔らかく笑んだのである。

※※※
 
 文久年間は、様々な事件が多発した年となった。
 文久二年八月二十一日、薩摩藩・島津久光率いる薩摩藩兵は帰国途中、生麦村で行列を横断しようとした英国人に斬りつける事件を起こす。かの生麦事件である。更に京は尊王攘夷派に政局が占拠されていた。そんな翌三年――、将軍としては二百年ぶりに上洛した徳川家茂は、朝廷に対し攘夷決行を約束した。
「桂さん、聞きましたか? 幕府は攘夷決行を五月十日とするとの事」
「まだ、安心はできん。それより――、また数人、斬られたそうだな?」
「はい、壬生浪士組の連中に」
「十分、警戒しろ。これ以上、同志を失うわけにはいかない」
「桂さんも、お気を付けて」
 数人の仲間を見送り、桂小五郎は旅籠の二階から空を見上げる。壬生浪士組――、その中に彼が広江幸介と名を変えて出会った男がいるの、彼はまだ知らなかった。
その浪士組内では、一人の男の罪が裁かれようとしていた。
  島原、遊廓――。
「新見先生……、よろしおすか?」
 襖越しの、女将の声は震えていた。
「女将……、どうした……?」
 奥から現れた新見は、女物の打ち掛けを羽織ったまま、戸口に視線を向けた。
「――新見先生」
「……土方……?」
 浅葱色の隊服に身を固め、隊士を引き連れた彼が何故ここにいるのか、新見はまだ理解っていなかった。  
「新見先生、火急の用にて参上致しました」
「かような所まで何事だね? 土方くん」
「組の規律を乱し、掟に反した者の処断につき御判断をと」
「あああ、任せる。君も副長であろう。何もここまで来なくてもいいものを……」
 面倒は御免だと、杯を口に運びかけたその手が止まる。周りを、隊士数名が抜刀して囲んだからだ。
「これは、何の真似か……っ!? 副長の某に何たる無礼」
「――お前ぇはもう、副長じゃねぇ」
「な……に?」
「まさか、何もしていねぇとは言うんじゃねぇだろうな? 上に立てばもう少し真面になるかと思えば、ここまで酷くなるとは恐れ入ったぜ」
「ま、待て、土方くん……」
刀を抜いた歳三のその切っ先が、新見の目前で光った。
「往生際が悪いぜ。武士なら武士らしく、最期ぐらいきっちりと己のけじめ、つけたらどうだ?」
 新見錦は、青ざめたまま畳に崩れ落ちた。これに憤ったのは、芹沢だ。だが、局中法度に異論はないと切っ先に喜んだのは、芹沢である。
 騒がしく足音を響かせて去って行く芹沢のその足音を聞きながら、歳三は一つの包みを開く。中にあるもの――、赤い生地に白く染められた『誠』の一字。
 ――これが、俺の目指す道だ!  

※※※
 その日ーー、関門海峡に砲撃の音が轟いた。
 長州藩・久坂玄瑞らの英国商船への砲撃である。幕府の攘夷決行の前に、長州が動いた。
「なんちゃあ、無理をするちゃ……!」
 この報せを人伝に聞いた坂本龍馬は、憤った。
「桂さん、おんし(おんた)黙って見っとたが? 異国の恐ろしかぁ知らんではこん先、太刀打ち出来んがよ」
 京で再び会った桂小五郎は唇を噛み締めた。まだその時ではないと言う龍馬に対し、桂は仲間を止めなかった。
 二十日後、米国、さらにその四日後には、長州はフランスからの報復攻撃を受け砲台を占拠されるなど、攘夷の困難さを身をもって知ることとなる。
 更にこの約半月後、薩摩藩と英国の間にも戦争が勃発。英国艦隊による鹿児島城下砲撃と、それに反撃する薩摩藩砲兵との間で戦闘が発生した。鹿児島城下の一部が焼失し、薩摩藩もまた攘夷の不可能性を悟ることとなった。
「これで少しは、長州の過激派浪士も大人しくなろう」
 幕府は、そう思っていた。だか、その考えが甘かった事を後に知る事になるのである。

(三)
 
 夏ーー、炎天下の中を蝉が忙しく鳴き立てる。
「うーん……」
『京都守護職会津藩御預 壬生浪士組』と書かれた看板の前で、青江豹馬は唸っていた。もちろん、入隊する為だがその一歩が出ない。現在の言葉に例えるなら、動物園の熊である。右へ数歩行っては戻り、左に行っては戻るを繰り返している。
「おい……」
「はい?」
「そこで何をしている?」
 振り向けば、見知らぬ男が立っている。
「貴方も、入隊希望者ですか? 僕……、私もなんです! さっそくお仲間に会えるなんて……! 青江豹馬と言います」
「……」
 男は、答えない。そんなやりとりの中、奥から総司が出てきた。
「あ……」
「……君、確かあの方向音痴の……」
「青江豹馬です。入隊したく参りました」
「そう……、青江豹馬……くん、ね。私は沖田総司。入隊は、私は構わないけど……」
 いつもの総司らしくなく、歯切れが悪い。目は泳ぎ困っている。
「けど……?」
「土方さんが何て云うか……」
「……?」
恐る恐る指さす先に、青江豹馬の背後に不機嫌そうな男がいた。
「うちの副長」
「副長さんですか! え……、えーーーー!!」
 この豹馬との一件で、総司の笑いは止まらない。
「笑いやがれ……」
「いやぁ、知らないと云うのは恐ろしいですねぇ」
「まったく、また面倒臭ぇ奴が増えたぜ」
「いいじゃないですか、楽しくなって。ねぇ? 近藤さん」
「そうだな」
 しかし、この頃、京へ尊王攘夷派の志士が集い、「天誅」と称して反対派を暗殺するなど、治安が極端に悪化していた。
「どないしはりました? 山南はん。元気おへんなぁ」
この夜、もう一人の副長・山南敬介は島原にいた。通っているうちに女も出来た。京都島原の天神(芸妓の位)で、明里という。