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新選組異聞 疾風の如く

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第三章 誠の旗の下に


(一)
 
 京、島原――。
 そう聞いて遊郭を連想されるが、江戸の吉原と違うのは、京の島原は宴席の揚屋や茶屋と、太夫や芸妓を抱える置屋とに分かれる営業形態をとり、老若男女誰でも入れて食事や娯楽を楽しめる開かれた場所であった。
「これは、新見センセ(先生)じゃおへんか?」
「大野屋、だいぶ儲かっているようではないか」
 京屈指の豪商『大野屋』に出会った新見錦は、数人の取り巻きと共に常連の廓に向かう途中であった。
「そないな事あらしまへん。このご時世やさかい、難儀してます。ところでセンセ、たいそうご立派になられはって、わてらのような者とは偉う差ですなぁ」
「大野屋、お前たちも来るといい」
「お邪魔じゃおへんか?」
「構わん、構わん。金はたっぷりある。今宵は無礼講ぞ」
「お前たち聞いたか? 今宵は先生の奢りやそうや」
 気を良くした男――新見錦は、一同を引き連れ大門を潜っていく。
「けっ、いい気なもんだぜ。俺たちが忙しく町中を巡察してるっつうのによ」
 そう言ったのは、巡察途中の原田左之助である。
「あの様子ではまた、どこかの店から金子をせしめたな」
「いいのかよ、藤堂。あのまんまで」
「土方さんの命令だ。放っておけ、ってな」
「あの土方さんが、黙っている時の方が怖いんだ。知らねぇぞ、どうなっても」
 彼の言葉は、去って行く新見錦に向けられたものだが、新見に聞こえる筈もなく笑い声と共に新見錦見世に入っていく。
 芹沢を含め新見たちの横暴は、日に日に悪くなっていく。被害にあった商家からは再三抗議と、借金を代替わりして欲しいと言ってくる。出世すれば落ち着くかと思えば、更に悪くなった。
 もちろん、その訴えは隊士の口を通じて歳三にも伝わった。試衛館派はもちろん、共に浪士組として今日に残った者たちも、何とかならないかと困惑しているのも知っている。
 今宵は、月夜である。
 屯所の自室で机に向かっていた歳三は、書物を閉じ、縁側に出る。
「きれいなお月さんですね」
 庭にいた総司が、月を見上げていた。
「……」
「やだなぁ、覗いてませんよ」
「今夜の見回りは?」
「原田さんの十番隊と、藤堂さんの八番隊です。それと――」
「それと、何だ」
「また、脱走者がでました。人を斬るのを、初めて見たようです」
 このところ相次ぐ脱走――、今度は総司の一番隊から脱走者が出たようである。
「同情するんじゃねぇ、総司。血ぃ見たぐらいで逃げ出すなんざ……」
「同情はしていませんよ」
「総司――」
「はい?」
「俺は恨まれようが憎まれようが構わねぇ。少なくとも、近藤さんが非難される事はなくなる。あの人のいい所は人望がある事だ。試衛館にいた奴らはみんな近藤さんを慕って集まってきた。俺は、あのままの近藤さんでいても構わねぇと思っている。憎まれ役は、俺だけでいい」
「近藤さんが聞いたら、泣いて喜びますよ」
「――俺がどうがしたか?」
 その本人が不意に現れた事で、さすがの歳三が言葉に詰まる。
「近藤さん」
「草餅を頂いたのだ」
「これって、甘味処『良庵』の所じゃないですか。新作の草餅が出るって楽しみにしていたんです」
「さすが、総司。甘味には詳しいな」
「近藤さん、今とてもいい話をしてたんですよ。ねぇ? 土方さん」
「知らんっ」
「あー、狡いっ。この間の駄作、ここで披露しちゃいますよ」
「駄作って言うんじゃねぇ! 第一、どこが駄作だ!?」
「高名な宗匠先生が言ってましたよ。『こりゃあ、酷い』と。落ち込むといけないので黙っていましたが」
「そんな奴といつ出会いやがった……」
「巡察の帰りに、『良庵』で偶々。俳諧をやられているとおっしゃっていたので、実は知り合いもと言う話の流れで、つい……」
「つい……、だと?」
 いつものようににっこり笑う総司に、歳三のこめかみに青筋が浮かぶ。寄り道するなと禁じたのにも関わらず寄り道をし、更に話のネタにされた上に、駄作と酷評されたのである。
「一体、何の話なんだい?」
 歳三の密かな趣味が俳句だと知らない近藤勇は苦笑しながら首をかしげる。
「近藤さん、気にしなくていい。総司! 一番隊は明日一日見回りだ」
「えー、巡察は交代制でしょう」
「えー、じゃねぇ! 副長命令だ!! 残念だな? 総司。お前の大好きな草餅食えなくて」
 まるで、子供の喧嘩である。
「……鬼」
「何か、言ったか?」
「いーえ! 近藤先生、私の分まで草餅取って置いてくださいね」
「相変わらずな。お前たちは」
「近藤さん、用は草餅(こいつ)じゃねぇんだろう?」
「さすがだな、歳。我々に容保公が本陣まで来るように、だそうだ」
 近藤は、我々にと強調した。筆頭局長の芹沢や、もう一人の新見錦の名前は言わず、松平容保は近藤と歳三を呼んだのだ。何故か――、歳三にはその訳を察していた。ついに、動く時が来たのだと。
※※※
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事態は刻々と変わりつつある。
 なかなか攘夷決行に踏み切らない幕府に対し、過激派浪士が活発になり始めたからだ。
「京都守護職会津藩お預、壬生浪士組である! 大人しく縛につけ!!」 
「くそっ……! 何故此処が知られた……」
 酒屋の二階に集まっていた数人の浪士たちは、突然現れた彼らに窓から飛び降りる者、刀を交える者と分かれ、逃げ出した二人が鴨川沿いを賭けて行く。
「うっ……」
 だが、路地から現れた斉藤一率いる壬生浪士組三番隊が道を塞がれる。
「諦めるんだな」
「ぐぁ……っ」
「お見事さん」
 斬りかかってくる相手を倒して刀を鞘に戻すのと同時に、十番隊組長・原田左之助が合流した。
「一人逃がした……」
「さすが、山崎さんだな。連中のアジト突き止めるなんてよぉ」
「原田、お前の十番隊は、河原町の見回りだろう」
「なんだよ……、ちゃんと仕事はしたぜ? 一さん、段々あの人に似てきたな。眉間に皺寄せて睨むんでいると、老けるぜ」
 その『あの人』の顔を脳裏に浮かべ、斉藤一は今の会話は決して喋らないようにとようと決めた。
 その「あの人」――、土方歳三の姿は近藤勇の姿と共に、京都守護職本陣・黒谷金戒光明寺にあった。
「とうとう、容保公も決断されたか。当然と言えば当然だが」
「近藤さん」
「理解ってるよ、止めねぇよ。止める気もねぇ」
「ふん、脳天気な野郎が来やがったぜ」
 視線を向ければ、境内への階段を上がってくる総司が見えた。
「遅かったので、お迎えに来ました」
「お前じゃあるめぇし、寄り道などするか」
「何話したんです? 悪巧みですか?」
「――総司」
「はい?」
「一番隊から、精鋭を二三人集めろ」
「二三人でいいんですか?」
「ああ。捕まえに行くだけだが、用心に越したことはねぇからな」
「よほどの手練れのようですね? 私も行きましょうか。で、どちらに?」
 その行き先を告げられて、総司は誰を捕まえに行くのか理解した。

(二)

 壬生浪士組幹部の中には複雑な思いを抱く者もいた。浪士組屯所の庭先で、山南敬介は空を見上げていた。