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短編集50(過去作品)

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――追われる人生だったのかな――
 大学に入って、追われる人生に終止符を打ちたかった。一番いいのは、毎日が長く感じられて、一年も長く感じられることだと固く信じていた。
 大学に入ると、最初の一年は、想像していた通り、毎日が長く、一年も長く感じられた。高校の時に、大学に入れば、
――あれもしたい、これもしたいと思ったものだ――
 と思っていたからであった。実際に、一番したかったこととして、友達を作りたかった。それは苦もなく行うことができた。まわりの人たちも友達を作ることを目指していたからで、同じことを考えている人が多かったからだ。
 そんな連中の話を聞いていると、
「高校の頃は勉強一筋だったからな。あまり人と話をすることもなかったし」
 という意見や、
「受験戦争なんだからそうだよね。悲しいけど、まわり皆敵みたいなものだからね」
 という意見すらあった。
 その話を聞いていて、つくづくもっともだと思いながら頭を垂れていた山科は、少し自分が悲しくなっていた。
 だが、大学に入って友達を作るだけでは物足りない。高校までは勉強一色だったのが、大学に入れば何でもできるという思いがあったからで、実際に芸術に親しみたいという思いが強かったのも否めない。
 中学までに諦めた音楽や絵画の道も模索しようと考えた。幸い大学にはいろいろなサークルがり、素人大歓迎というサークルも少なくはない。芸術関係のサークルも数多くあり、あまり厳しくないサークルを選んだのも、山科の性格の表れだったのかも知れない。
 大学というところは、いればいるほど精神的にゆとりを持てる。だが、一歩間違えると甘えになるという危険性を含んでいることを知りながら、甘んじてその甘さに溶け込んでしまう自分をなかなか止めることはできない。
――これが出し額というところだ――
 という思いが強いからで、気がついた時にはすでに遅かった。
 サークルは結構甘い雰囲気だった。会合も不定期で、あったとしても、部活の後の呑み会が目的の人が多かった。男女の比率も半々で、まるで合コンの様相を呈していたのだ。
 どちらかというと真面目だった山科だが、そのうちにサークルの甘い部分に染まってきた。理由としては、女性部員である梨乃に惚れられたことが一番だった。
 数回の呑み会で、いつも一人でいた山科に、梨乃は近づいてきた。
「山科さん、いつも一人ですのね。私がお付き合いいたしますわ」
 とても丁寧な口調を聞いていると、どこかのお嬢さんを思わせた。笑顔には屈託がなく、人を疑うことのないような性格に見えたからで、今までの自分の人生について一番考えさせられていた呑み会で話しかけられた時には、さすがの山科も梨乃の顔を見ながらキョトンとしていた。
「いやあね。どうしたの? そんな顔をなさって」
 と笑いかける。
「あ、いや、大したことではないんだけど、いつも呑み会ばかりしていていいのかなと思ってね」
 人によっては愚痴に聞こえるかも知れないことを、喋ってしまった後に気がつき、
――しまった――
 と思ったが口走ってしまった言葉を取り消すことはできない。それを梨乃は知っているのか否かは分からないが、
「山科さんは、やはり私の思っていたような人だわ」
 というと、一瞬目が輝いたように見えた。その時にどのような返答が返ってくるか分かっていたような気がしたが、
「どういう意味だい?」
 と敢えて聞いてみた。
「真面目な方なんですよね。でも、あまり難しく考えることはないと思いますわ」
 難しく考えているわけではないが、評定を見ているとまんざらでもない。
「そんなことはないと思うよ」
 と答えると、
「そんな謙虚なところが山科さんのいいところなんですね」
 目の輝きが消えたかと思うと、今度は目がトロンとしてきているのが分かった。少し頬も紅潮していることから、かなり酔っているのは分かった。
 梨乃は続けた。
「私、そんな山科さんが好きになったみたい」
 普段の梨乃は大人しい性格で、サークルでもあまり目立つ方ではなかった。だが、他の皆とどこかが違っているのは分かっていて、気にして見ている一人であったことには違いない。そんな梨乃からのいきなりの告白、いくらアルコールが入っているとはいえ、山科には心地よい響きに聞こえた。
 甘い香りは吐く息にも感じられた。ウイスキーやビールを飲んでいるわけではない。フルーツカクテルのようなものを飲んでいたようだ。
 フルーツカクテルに興味を持ち始めたのがその時だったのも、山科にとって偶然と一言で言い表せるものだったのだろうか。女性が飲んでいるならフルーツカクテルであってほしい。
 しかし、次の日になると、梨乃の態度はいつもと変わらなかった。昨日、告白してきたことなどまったく覚えていないような素振りで、山科はあっけに取られてしまった。
――酒の席ってそんなものだよな――
 と、泥酔している相手の本気になりかけた自分を戒めた。
 だが、戒める必要はなかった。それから数日後、梨乃と一緒にサークルの部室で二人きりになることがあり、
「山科さん、今夜二人で呑みにいきませんか?」
 と言われて、軽い気持ちで、
「いいですよ。ご一緒しましょう」
 と軽く答えた。
 その時連れていってもらったのが、ショットバーだったのだ。
 その時は、女性と一緒にいるという甘い気持ちが強く、バーの本当の雰囲気を味わうことはなかった。バーの雰囲気も彼女と一緒にいることで感じるものだと思い込んでしまっていたからで、実際に、どのような店だったのかと言われて、後から説明するのは困難だった。
 だが、目を瞑れば光景は浮かんできて、
――この雰囲気は誰にも教えたくない――
 という気持ちが自分の中にあることを気付かせてくれる。
 その日、甘い雰囲気のまま、お互いに身体を重ねることになった。
 梨乃はそのことを期待していたのかも知れない。妖艶な雰囲気はカクテルを一杯呑むことで、山科を甘い世界に誘う。
 しかし、ずっと甘いだけではなかった。女の透き通ったような白いからだがあらわになると、匂ってくるのは鼻を突くような酸っぱさだった。
 お互いに汗を掻いてくると、本能に火がついてきて、気持ちを抑えることもなく、その場の雰囲気が行動を擁護する。溜まらず漏れてくる声に興奮を覚えると、身体が反応してしまい、自分を抑えることができなくなる。
――これがオトコというものさ――
 自分に言い聞かせる。男らしさを見せ付けたくなる。そんなオトコをオンナはどのように受け入れるのだろう。身体を閉ざすことなくすべてを受け入れる雰囲気だった梨乃なのだが、最後の最後で抵抗があった。
 しかし、それもはかない抵抗に過ぎない。山科が抵抗だと思っただけで、本人はそんなことを思っていないかも知れない。
――抵抗というよりもむしろ恥じらい――
 それならそれで、山科には嬉しかった。女性には常々恥じらいを感じさせてほしいと思っていただけに、最後の最後で見せた恥じらいは、オトコをさらに奮い立たせるものだったに違いない。
作品名:短編集50(過去作品) 作家名:森本晃次