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短編集50(過去作品)

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カクテルバー



                 カクテルバー


 バーに行くようになったのはいつからだっただろう? 会社で後輩にバーの話を聞くことで、改めてバーを意識するようになった。スナックや居酒屋が多かったのだが、大学時代に行っていた店と雰囲気が違っていたからかも知れない。どこがどう違ったのか思い出すのに時間が掛かったような気がする。
 山科敬介の馴染みの店は駅前にある。雑居ビルの中にあるのだが、店の名前が気に入ったからだ。
 店の名前は、バー「フォルテシモ」、音楽用語を使っているだけあって、時々生ライブを聴くことができる。山科は生ライブを聴いたことはないが、静かな雰囲気が好きだった。店はいつもジャズが流れている。ジャズは艶やかな気分の時でも落ち着いた気分の時でも、それぞれの気分を味合わせてくれるから好きだった。
「バーというところは、それなりに個性があるんだよ」
 会社の後輩の話である。
「というと?」
「スナックや、居酒屋は大体雰囲気も決まっているだろう? 第一雰囲気を変えることで客を楽しませることを目的としていないから当たり前なのかも知れないけど、やはり、僕は個性が会った方が好きなんですよ」
 と話していた。
 個性のある店っていうのがどういうものなのか興味があった。何につけても個性という言葉に反応してしまうのが山科だった。学生時代からあまり個性を表に出すことのなかった山科が、初めて興味を持ったのが音楽だったからだ。
 音楽にもいろいろな種類がある。演歌からクラシックまで……、さすがに演歌を聴くことはなかったが、クラシック、ジャズなど何かをしながらでも聴ける音楽に興味を持ち始めた。
 自分ではできないことに尊敬の念を抱き、それが憧れに繋がるのは、山科だけではない。特に音楽は音感がないとできないものだという思い込みがあり、思い込みが強いせいか、憧れだけで、なかなか難しい。
 山科にとって、趣味に持つことは自分でも作ることができるものではないと気がすまない。音楽であれば、作詞作曲にまで手を広げないと、満足できないだろう。音楽を理解するにはそこまでしないといけないという思い込みから、自分にはできないと思うと、どうしても遠ざかってしまう。ただ聴く分には支障はないが、音楽を趣味にしている人を見ると羨ましく思えてくるのだった。
 自分にできないことを他の人がやっているのを見ると、少し嫉妬心が湧いてくる、以前であれば、音楽活動をしているところに立ち入るなど考えられなかったが、最近では精神的に落ち着いてきたのか、音楽を聴いているだけでも余裕を感じることができるようになってきた。音楽の本当のよさに気がついたのかも知れない。
――音楽の本当のよさ――
 芸術として別個に考えていたのが、災いしていた。確かに芸術として素晴らしいものだとは今でも思っているが、耳に入ってくるものが同じでも、聴いている人の年齢や、精神状態で感じ方が違ってくる。それは音楽に限ったことではないが、極端に違うものだと思っていた。
 それが芸術のすごいところである。感じる相手もさまざま、だが、音楽ができる人は尊敬されるに値するものだという考えが強い。
 しかし、芸術をしている人は、普通の人から受け入れられる性格なのだろうか。受け入れられるというより、自分から、
――俺は個性に生きているんだ――
 といわんばかりの雰囲気を醸し出しているので、相手もどこか一線を引いてしまう。それがいいか悪いかは分からないが、必要以上の壁がそこには存在しているのだろう。
 もっともその壁が見えていない人の方が多いかも知れない。壁は見えないが、遠い存在だと思い込んでいる。
 山科は、何でもいいから芸術にいそしみたいと思っていた。音楽であったり、絵画であったり、さりげなくでいいので、そんな雰囲気を醸し出せるところを探していたといっても過言ではない。
 バーにはどこか立ち入ることのできない雰囲気が醸し出されていたが、それが芸術的な個性だと気がついたのは、ネット検索していて、偶然に見つけたバーのホームページだった。
 黒を基調に、夜の雰囲気が醸し出されて、カクテルを思わせる艶やかな色は、妖艶ささえも含んでいた。
 スナックのようにカウンターの中に女の子がいて、その子を目当てに出かけていくのとは訳が違う。スナックには、会社の先輩に連れて行かれて何度か通ったが、何度行っても一人で扉を開ける気にはなれなかった。どうしても会社の人と一緒なので落ち着かず、女の子を前にしても、緊張しているのだが、それは純粋な緊張ではなく、会社の人の視線を意識しなければならない憤りを感じる緊張感であった。
 あまりアルコールが強くない山科にとって、カクテルのようにリクエストができるのはありがたかった。目の前で細長くて先の小さなスプーンでアルコールを調合し、さらには絞ったレモンやオレンジをシェーカーに入れて、後は気持ちよさそうにシェイクするだけだった。
 その段取りはさすがと思わせ、見ているだけで楽しくなってくる。
「これでも大会には時々出るんですよ」
 バーテンダーの大会があることはその時初めて知った。
「すごいですね」
「でもなかなか皆さん強敵で、思うようには行きません」
 と苦笑いを浮かべるが、まんざらでもなさそうだ。競技として楽しむことは、仕事として店を経営すること意外での楽しみとして趣味と実益を兼ねることができるのは、きっとバーテンダー冥利に尽きるというものだろう。
 山科は自分のことを顧みていた。
――僕の趣味ってなんだろう――
 音楽や絵画、好きなものはあるのだが、それに挑戦しようと思っても、才能のなさにすぐに気付いてしまって諦めてしまう。それが一番の悪いくせであることは分かっているのだが、なぜかすぐに諦めてしまうのだ。
――無駄だと思うことを模索しても仕方がない――
 という思いが心のどこかに存在している。だが、
――もう少しがんばってみよう――
 という気持ちがあるのも間違いのないことで、いつしか心の中で葛藤している。
 だが、いつも諦めが先に来てしまうのだ。
 年齢的にまだ二十歳代前半、まだまだ人生は長いのに、考えてみれば一番焦っている時期ではないかと思える。
――いつまでも若くないんだ――
 何を焦っているのだろう。別にすぐに歳を取るわけではない。
 小学生の頃は毎日があっという間に過ぎていた。それが頭の中にある。
 しかし、中学・高校と同じ一日でも時間が経つのが次第にゆっくりに感じられていた。
 だが、不思議なのは毎日は次第に長く感じられるのに、感じる単位を広げると、それがまったく逆になることに最近気づいていた。
 小学生時代の一年というのは、毎日があっという間だったわりには、一年は果てしなく長かった感覚がある。
――早く五年生になりたいな――
 五年生になれば、何があるというわけでもないが、四年生の時に、一番先の学年を気にしていた。中学・高校ではなかったことだ。
 中学・高校になると、三年間しかないというのもあり、しかも、三年生になれば受験という現実に直面することもあって、一日一日が長かったはずなのに、一年一年はあっという間に過ぎていった気がした。
作品名:短編集50(過去作品) 作家名:森本晃次