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愛シテル

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 母親に虐げられて育った兄は、自分を望まなかった父親の面影を、他人の中に追いつづけて来た。その呪縛からようやく解かれて、見合った相手を見つけた。たとえそれが同性であっても、そして片想いに終わったとしても、さく也にはいい傾向だ。話を聞く限り、加納悦嗣は友人として、さく也を扱ってくれているようだから。
「一度、会ってみたいな、その加納悦嗣」
「会おうと思えば、リクはいつでも会える。同じ日本に住んでいるし、同じ東京にいるから」
「そうだな。バカ姉妹が置いてったピアノでも、調律してもらうか」
 父親の汚い面を見せ付けられて育った弟は、憧れつづけた瞼の母が、兄の首を絞めたことを知って、人間に対して幻影を抱くことをやめた。選ばれた友人達に友情は感じない。次代の長としての自分に媚びへつらう重役達、財閥夫人の座を目当てに近づく女達。兄のように、慕う誰かを語る時が来るのだろうか? 兄を守りたいと思う気持ちと同じものを、他の人間に持てる日がくるのだろうか?
「どうかしたのか?」
 さく也が声をかける。口元にカップを寄せたまま、りく也が黙り込んでしまったからだ。
「兄貴が美人で見とれていた」
と答えると、「何を言ってる」と言う表情がさく也に浮んだ。口元に笑みがある。本当にこの兄は、感情を出すようになった。いつか声を上げて笑う日が来るかも知れない。その笑顔を想像しながら、りく也はうっとりとさく也を見つめた。
 兄はもう自立している。経済的にも精神的にも。守るべき存在を、心配する必要もなくなった――とうにその必要はなかったかも知れない。中原可南子の死はそれを教えてくれた。そして思った通り、りく也を解放してくれる。
 もう後ろを見なくても、いいのだ。



 祖父江家の長男であり、次代のコンツェルン総帥・祖父江りく也が失踪したのは、八月の終わりのことだった。長期休暇をアメリカで過ごした後、帰国したらしいのだが、空港からの足跡が消えていた。彼の持っていた株は、自他社すべて自らの手で売却されていて、彼名義の預金は、解約されていた。明らかに、計画的な失踪だった。
 後継者の失踪は、一大事である。特にりく也は三人いる息子達の中で、抜きん出て優秀だったから、コンツェルン独自の情報網を駆使して、その行方を捜すはずだった。しかし、捜すどころではなくなった。
 それ以上の大事が祖父江財閥に勃発したのだ。内部告発と言う名目で、株のインサイダー取引、政治家への贈収賄などと言った裏の部分が文書化され、疑う余地のない証拠とともに、検察庁と新聞各社へ送られてきたのである。送り主は偽名で、忙しい宅配センターを数ヶ所選んで、荷物は持ち込まれていた。
 祖父江グループでは芋蔓式に逮捕者が出て、連日、どこかの社屋に検察が入っては、数個のダンボール箱が押収されて行く様子が、テレビのニュースを賑わせた

『やっと自由になれたから、中原りく也に戻ることにした。ほとぼりが冷めた頃、連絡するよ。それまで元気で』

 ウィーンのさく也の元に、りく也からハガキが届いたのはその年の終わり。ニューヨークの消印がついていた。
 兄弟が再会するのは、それから三年後のことになる。


作品名:愛シテル 作家名:紙森けい