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短編集46(過去作品)

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オーラ



                   オーラ


 綾子は楽天的な女性ではない。どちらかというと普段から悪い方へとばかり考える方である。いつも最悪なことを頭に描いているために、思ったように行動できないタイプの女である。
 持って生まれた性格はそう簡単に変えられるものではないが、時々何も考えることもなく、その場の雰囲気に任せることもある。
――私って二重人格なのかしら――
 と感じることもあるが、どちらかというと開き直りに近いのかも知れない。
 しかし、開き直りというほどいいイメージではない。開き直ったからと言って、普段からの性格が変わるわけではなく、行動するのに、最初の一歩が踏み出せないのは相変わらずで、どうしても後手後手に回ってしまう。綾子は自分のそんなところが一番気に入らなかった。
 今年、二十五歳の誕生日を迎えた綾子は、自分で考えていたよりも男性にもてるようになっていた。小学生時代は背も小さく、目立たない性格で、クラスでは、
「もんちっち」
 とサルをイメージさせるニックネームをつけられていた。さすがに女の子なので、可愛らしさをイメージする愛称だったが、本人にとってはまわりが考えるほど軽く考えられないでいた。
――私って、所詮そんなイメージなんだわ――
 一度根付いてしまったイメージは、そう簡単に払拭できるものではない。いつ頃から男性陣の見る目が変ってきたのか綾子自身分かっていない。気がつけば男性から告白されることが多くなり、気がつけば男性を選り好みするようになっていた。
――嫌だわ、私が選り好みできるようになってしまったなんて――
 中学くらいの頃、テレビドラマであまり綺麗だとは思えない女性が男性を手玉に取っていた。世の男性から見れば綺麗な部類の女性になるのだろう。そうでなければテレビドラマとして成立しない。大衆が見てそのほとんどが綺麗でもない女性に手玉に取られる男性など想像しても絵になるはずがないからである。
 男性から見る女性、女性から見る女性で見方が違うのは当たり前である。男性にもてる女性を男性の目からと女性の目から見て違うのは、若干の贔屓目が働いているのかも知れないが、綾子は完全に女性の目で見ていることを自覚していた。
 自分の顔を鏡で見ることが多くなってきた中学卒業の頃、
「あまり好きになれないわ」
 と鏡に写った自分の顔を見て呟きながら溜息をついていた。また、そんな表情を見るのも気が引けていた。
 それでも自分の顔を見るのは、
――きっとそのうちに男性にもてるような顔になるわ――
 という自分としてはあくまでも希望的観測で見ていた。顔を見つめているだけで男性にもてる顔になれれば苦労もしない。思い込みというのは恐ろしいもので、「もんちっち」と言われていた小学生時代から全然顔が変わっていないように思えてならない。
――ひょっとして、鏡に写ったこの顔は自分にしか見えないのかも知れないわ――
 それこそ希望的観測、男の人から見れば、素敵な女性に見えていることを心の底で信じていた。
 まがりなりにも、それは間違いではなかった。高校に入学する頃から綾子に声を掛ける男性が増えてきた。一番意外だったのは綾子自身で、何とも複雑な心境である。しかし、頭の中で考えたことは、
「どうしてあんな娘が」
 と、影で他の女性陣から言われているという危惧、そして実際に、
「どうして私に声を掛ける気になったの?」
 と、一人の男性に聞いた時、少し戸惑いながらではあったが、
「他の女性と違って、声を掛けやすいんだ」
 綾子が綺麗かどうかは二の次として、声を掛けやすい雰囲気を醸し出せるようになったことが綾子には嬉しかった。どちらかというと、男性にもてるはずもなく、男性に対して一線を画していたようなところがあった綾子である。ある意味、一番の褒め言葉ではないだろうか。
 中学時代までと同じで高校になっても、あまり明るい性格ではなかった。それは男性が声を掛けてくるようになっても変わらない。なのにどうして、声を掛けやすいと男性からは見られるのだろう。性格というのは、そう簡単に変えられるものではなく、まして、綾子自身で、
――性格を変えよう――
 などと考えたこともなかった。
 性格を変えるには何かきっかけがなければいけない。きっかけもないのに性格を変えようなどという勇気は、綾子には持ち合わせていない。とてもそれだけの気持ちになれないでいた。
 その頃からだっただろうか、家にあまり帰りたくないという気持ちになることがあった。思春期の女の子というと精神的に不安定で、ちょっとしたことでも大袈裟に考えてしまいがちになるだろう。
「最近のあなた、おかしいわよ」
 あまり父親のことに口出ししなかった母親が、最近では口撃的なところがある。従順な人が気にし始めると、直接的な言葉となって跳ね返ってくるのは、綾子も自分を見ていれば分かる。
――皮肉の一言でも言えれば、あまり人との間に角が立たなくていいのかも知れないわ――
 と思うことも多く、実際に女友達と口喧嘩になることだってあった。
「そんなにイライラしなくてもいいじゃない」
 と、なるべく穏便に済ませたいとして言っているのかも知れないが、綾子には中途半端に曖昧にしようとしているようにしか聞こえず、それが却って綾子をカチンとさせてしまうのだ。
「おかしい? そんなことはないさ。気にしすぎだよ」
 という父親の言葉を聞いて、母親は大声になる。
「気にしすぎとは何よ。あなたのことを気にするのは家族として、妻として当然じゃないの」
 と、少し大人気ないほどに騒ぎ立てるのも、綾子から見れば無理のないことに思えた。
 父親の態度が少しオドオドしているように見えたからである。ただでさえオドオドしているところへこの大声、父親はそれから以降、たじろいでしまって何も言えなくなってしまった。
 父親としては何が起こったのか分からないだろう。ひょっとして、父親だけではなく、その場に他の人がいたとしても、十人中八人までが、父親と同じリアクションを示すかも知れない。だが、綾子と母親は父親の微妙な怯えに、普段の父親との違いを感じていた。
 それは肉親だからかも知れない。だが、肉親だからだけでもないように思う。女としての勘が母親と綾子の二人に共通して見える何かを持っていたように思えてならない。
――お父さんは、私たちに隠し事をしている――
 綾子は直感した。だが、それが何であるか分からなかったが、綾子がその時まで男性と付き合ったことがなかったので、男性がどのように考えるものかということを具体的には分からない。
――もし分かってしまえば、お母さんと同じ気持ちになれるのかしら――
 とも感じたが、母親も実際のところ、ハッキリと父親の隠し事を分かっているようには見えない。お互いに、
――帯に短し、襷に長し――
 と言ったところかも知れない。
 不穏な空気が漂う家庭、中学に入った頃から、父親とも母親ともあまり話をしなくなった。友達にそのことを話すと、
「思春期になれば、親とは一線を画したくなるものなのよ。それはそれで仕方がないことなんじゃない?」
 と言われてあまり気にしなくなっていた。
作品名:短編集46(過去作品) 作家名:森本晃次