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短編集46(過去作品)

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――二人を殺してはいけない――
 と咄嗟に感じていた。
 女のナイフに写った顔が母親に見えてきたのは、偶然ではない。自分の潜在意識の中に、
――殺してはいけない――
 という思いがあればこそ、映し出された顔だったのかも知れない。
「夢というのは、潜在意識が見せるもの」
 という話を本で読んだことがあるが、まさしくその通りだ。自分の意識の外で夢を見ることなど不可能なのだ。
――夢にだって限界がある――
 と考えるようになったのも当然と言えるであろう。
 夢から覚めそうな予感を感じたのは、女の持っているナイフが黄色く光った時である。
 女が綾子の戸惑いに乗じてナイフを構えた。咄嗟に逃げようとした綾子だったが、金縛りに遭っていることもあって動けない。
 思わず目を瞑ってしまった。
――どうして、あの女が私を刺そうとするの――
 何が何だか分からない。まず、相手から刺されることはないだろうと思っていた。自分の潜在意識が夢の中で教えてくれていたはずだった。
――自分の潜在意識――
 そう、他人事のように夢を見ている自分、それが潜在意識なのかも知れない。他人事のように見ていた自分は、相手の女から刺されることは十中八九ないことを分かっていたはずだった。しかも自分の父親の見ている前で……。
 父親のその時の表情を見ることはできなかった。気がついた時には夢から覚めていた。
 汗でぐっしょり濡れていたことは分かっていた。背中に掻いた汗は予想通りだが、額から流れる汗の多さには、さすがにビックリしていた。
 あまりのことに最後錯覚を見たように思えた。
 刺そうとしていたのは、確かにあの女だったはずだ。だが、途中からその形相が父親の表情に変わったのを感じた。その後ろで何かが光っているように思えたが、それはあの女のオーラだったのではないだろうか。
 綾子は二度とこんな夢を見たくないと思った。あの女にオーラを感じてしまった以上、そして、自分のそこまでのオーラがない以上、夢がいつか現実にとって変わりそうで恐ろしかったのだ、
 夢の中でのもう一人の冷静な自分が、潜在意識の中で感じたことだった。
 須藤が訪ねてきたのは次の日のことだった。今まで彼の方から訪ねてくることなどなかった。
 須藤に対しては、態度を曖昧にしていたが、前の日に父親と浮気相手の女の夢を見たことで別れることが綾子の中で決定していた。そんな綾子にとって須藤の訪問は、まさに青天の霹靂に近いものがあった。
 とりあえず、話を聞いてみることにした。
 驚いたことに話の内容は、綾子が須藤のことをどれだけ知っていて、どうしようか考えていることまで分かっていた。
 意外だった。
――ひょっとして彼は、そこまで私のことを一生懸命に考えていてくれたのかしら――
 と思わないでもない。
 普通男が女に、
「やり直そう」
 と言ってくるシチュエーションを想像すると、相手の男は情けない雰囲気を醸し出しているものである。だが、その時の須藤にはそれが感じられない。綾子が冷静な目で見れば見るほど情けなく感じるはずだと思っていたのにである。
 その時の彼の表情は、一瞬、夢の中での女の表情を思わせた。恐ろしいはずなのに、どこか相手を惹きつけるものがある。夢の当事者として見ていた眼ではなく、第三者の目で冷静に見ていたもう一人の自分が感じたことだった。
「昨日、誰かを殺そうとして、君に殺される夢を見たんだ」
「えっ?」
 綾子はビックリした。夢の内容は登場人物の違いこそあれ、自分が昨日見た夢に酷似している。
「その時の君の表情が光って見えなかったんだ」
 綾子にもオーラが存在するというのか。
 女には皆それぞれオーラが存在し、男を狂わせるのかも知れない。しかし、そのオーラは女にとって夢でしか見ることはできないもののようだ。だが、その存在を現実の世界で知っているのは、男の方なのかも知れない……。

                (  完  )


作品名:短編集46(過去作品) 作家名:森本晃次