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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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堕とされしものたち 機械仕掛けの神

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機械仕掛けの神02


 夕方から雨が降って来た。それは天気予報でも言っていたことなので、往来を歩く人たちは出かける前に傘を持って家を出ていた。
 この街に巣食う邪気のせいか、魔導炉で造られているエネルギーのせいか、結局のところは何かわからないモノのせいで、この都市の天気予報は外れることが多い。それでも、人々は傘を持って出かける。だが、この二人は最初から傘など持っていなかった。
 雨に晒された二人は少し身体を濡らし、屋根のついたバス停で雨宿りをしていた。
 ベンチに座りながらファリスは横に立つ鴉を見上げた。
「どこに行くの?」
「決まっていない」
「お金持ってる」
「持っていない」
「あたしたちの居場所ってどこにもないんだね……」
 少し哀しそうに言ったファリスは俯いて黙り込んだ。
 ファリスは父親を知らない。母親の顔も覚えていない。ファリスにとって家族と言えたのは兄のザックだけであった。そのザックも今はいない。
 今、ファリスが頼れるのは鴉しかいなかった。鴉が何者であるのかファリスは知らない。だが、手の届く場所にいたのは鴉だけだった。鴉は差し出した手をとってくれたのだろうか?
 鴉の横顔は何処か遠くを眺めていた。その鴉の表情を見ているとファリスはなぜか哀しくなる。近くにいるだけで、鴉も自分の独りぼっちのような気がした。自分と鴉の距離は遠い。
 近くにいたのは鴉だけだった。だが、本当に鴉は信頼できる存在なのか。あの時だってファリスは鴉に襲われそうになった。ファリスの中にある鴉への恐怖は消えることはない。
 ――けれどファリスは鴉を必要としていた。
「あのね、鴉」
 ファリスは鴉の横顔を見上げたが、鴉は横を向いたままだったので、ファリスは独り言のように話しはじめた。
「あいつと鴉って仲間っていうか、同じ生き物なんだね。鴉が人間じゃないのはわかってたけど、あたしの〈ホーム〉を奪ったあいつと鴉が同じ生き物だったのが、ちょっとショックだったかな……」
「……では、なぜ私に付いて来る。私の内にはハイデガーと同じ呪われた血が流れている。私がハイデガーの前に現れなければ、君の大切なものを奪わずに済んだかもしれない」
「鴉はあたしたちを守ろうとして戦ってくれたんだから……別に……鴉が、鴉が悪いわけじゃ……ない」
 本当にそうだったのだろうか。鴉がいなければ、多くのモノを失わずに済んだのは事実かもしれない。けれど、鴉に悪意があったのではない。ファリスには鴉を完全に許すことはできなかった。
「私を恨むのなら恨むといい。それで君の気が晴れるのならばな」
「違う、鴉は悪くない! 悪くないんだ!」
 悪くないのはわかっている。だが、ファリスは多くのものを現実に失ってしまった。その想いをどこにぶつけていいのかファリスは戸惑っているのだ。
 鴉は再び遠くを眺め、ファリスもまた俯いて黙ってしまった。
 やがて、バスがやって来た。何人かの人が降りて、バスを待っていた人々がバスに乗り込む。だが、二人がバスに乗ることはない。
 今のバスから降りて来た人のひとりが鴉の前に立った。その人物は黒いドレス来た可愛らしい中に妖艶さを秘めた少女だった
 ドレス姿の少女は鴉の顔をまじまじと覗き込んだ。
「運命的って感じね」
「……いつか会ったな」
 鴉は記憶の片隅に在った少女のことを思い出す。巨大都市エデンにゾルテが飛来して来た晩、鴉は彼女に出会っていた。確かトラブルシューターをしている夏凛という人物だったと思った
「アタシのこと覚えていてくれたの? チョー嬉しぃ〜!」
 はしゃいでいる夏凛の姿をファリスは白い目で見ていた。
「誰この人、鴉の知り合い……あ、あ、思い出した! この人雑誌で見たことあるよ」
 思わずファリスは夏凛のことを指差して、大きな瞳をよりいっそう大きくした。
「お嬢さん、アタシのことをご存知なの? まあ、この街じゃあアタシのプリティぶりは有名で、ファンもいっぱいいるからね」
 夏凛は可愛らしくファリスにウィンクして見せた。だが、ファリスは怪訝な顔をした。
「でも、オカマなんでしょ」
「うっ……、うるさいなぁ〜可愛いんだからいいでしょ!」
 そう、それは夏凛を知る者の間では広く知れ渡った話である。世間の人には女性の格好をした男として夏凛は認識されている。
 雨が静まり、上空では強い風によって灰色の雲が流されていくのが見えた。
 鴉はファリスに一瞬目を向けて歩き出した。
「待ってよ鴉!」
 勝手に歩いて行こうとする鴉の横にすぐさまファリスが並び、夏凛も同じように鴉の横に並んだ。
「そっちのお嬢さんは鴉の連れなの?」
「勝手について来ているだけだ」
 この言葉にファリスは少し顔を赤くした。
「あたしは鴉の……そう、恋人、恋人よ」
 一時的に夏凛の顔が引きつり、夏凛は確認のために鴉に聞いた。
「本当?」
「知らん」
 肯定でも否定でもない答えが返って来てしまった。夏凛は少し嫉妬した。こんな子供に負けたくない。
「あ、あのさぁ、ウチすぐそこなんだけど、ウチくる?」
「ねえ鴉、夏凛さんの家に行こうよ、お腹も空いちゃったし、何か食べたいなぁ」
「アナタは別に呼んでない」
 夏凛はファリスを鋭い目つきで睨み付けた。だが、スラム育ちのファリスはそのくらいのことでは怯まずに睨み返す。
 二人に挟まれて歩いている鴉は無表情だった。
 横道が見えて来たところで鴉の腕が引っ張られた。鴉が下を見ると、自分の腕に夏凛が腕を回し強引に横の道に誘導していた。
「アタシんち、こっちだから。アナタはついてこなくていいの!」
 鴉が横を見るとファリスも自分の腕に腕を回していた。
「あたしと鴉はどこに行くにも一緒なの!」
「お子様は、さっさと家に帰りなさいよ!」
 悪気があって言ったわけではなかった。だが、その言葉はファリスを黙らせるのに十分な言葉であった。
 急に黙ってしまったファリスを見て夏凛は不思議な顔をした。
「どうしたの?」
 その口調は優しい口調に変わっていた。
 ファリスは何も答えなかった。代わりに鴉が静かに口を開いた。
「彼女も一緒に君の家に行く」
「いいよ、別に。アタシの住んでるマンションは広いからいくらでも来いって感じぃ」
 夏凛が鴉の腕から自分の腕を放すと、代わりにファリスは鴉の腕に絡めている自分の腕に力を入れた。
 三人は無言で歩き、やがて夏凛の住まいである高級住宅街の一角にあるマンションに辿り着いた。
 マンションの正面フロアには警備員が立っており、夏凛の姿を確認するや恭しく頭を下げて来た。夏凛もそれに応じて笑顔で手を振ってみせる。
 夏凛がこのマンションに越して来たのは一ヶ月ほど前のことで、このマンションに越して来た理由は前に住んでいた部屋が敵に襲撃されて、近所に迷惑をかけてしまったために居づらくなってしまったので、このマンションに越して来た。
 このマンションのセキュリティーは夏凛が前に住んでいたマンションより厳重であるが、夏凛は少し面倒くさいと思っていた。