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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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堕とされしものたち 機械仕掛けの神

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機械仕掛けの神03


 壁は金属で頑丈に造られ、薄暗い部屋の中には大きなガラス管がいくつも置いてある。そのガラス管の中にはキメラ生物たちが入れられ、時折口や鼻から泡を吐いている。
 キメラ生物は毛のない猿のようなものやアメーバのようなもの、角のある犬のような生物もいたが、その中のひとつはまるで宝石のようであった。
 紅く輝くそれは弱々しく脈打ち生きている。それは鴉の核であった。
 核こそが鴉であり、核の内に鴉という存在がいると言ってもいい。
 激しく核が脈打った。鴉の内で何かが起こっている。
 鴉は自分自身の中に封じられている。彼はそこから無意識の内に出ようとしていた。
 意識は朦朧としている。辺りは暗闇に包まれ、五感は頼りにならなかった。
 鴉が目を開けるとそこは花畑だった。辺り一面に咲き誇る花は蒼くきらきらと氷の結晶のように輝いている。
 蒼い花が風に揺られ、いくつもの鈴の音が鳴り響く。
 地平線まで続く花畑の真ん中で、鴉は空を見上げた。空は海中から見た水面のように揺らめき、その先には何かがあるが、揺ら揺らと動く空のせいでよく見ることができない。
 空に黒い幕が下り、強風が吹き荒れる中で蒼い花が紅い花に変わった。
 紅い花びらは天に舞い上がり、世界を燃やす。
 突然鴉の身体が天に引きずられた。堕ちている、鴉は天に向かって堕ちていた。
 天地が逆さまになり、鴉の身体は闇となった天に堕ちようとしていた。
 鴉は翼を広げようとしたが、彼には翼がない。
 翼を失った天人[ラエル]は堕ちることしかできなかった。
 闇が徐々に近づいて来るにつれて、それが蠢いていることがわかり、それが蛭のような無脊椎動物の群れであることがわかってきた。あそこに堕ちれば苦しみの末に全てを失うだろう。
 鴉が気づくと、彼の身体は見えない鎖によって繋がれていた。迷いの中に生まれた魔物がその鎖を掴み、闇の中に鴉を引きずり込もうとしている。
 頭上にある地に鴉は手を伸ばしたが、誰も彼を救ってはくれなかった。
 闇の中に鴉が堕ちた。それはまるで泥の中に飛び込むような感触で、闇が鴉の身体にべとべと纏わり憑いてくる。
 心理に巣食う檻に鴉は捕らえられてしまった。
 蛭のような闇たちが鴉に喰い付き、鴉の肉を剥いで内へと進入する。
 酷い苦痛で鴉は思わず叫び声をあげた。しかし、声が出ない。
 闇が貪り喰われながら、鴉は手を伸ばした。
 鴉の伸ばす手の先からは、白い羽根がいくつも揺ら揺らと降って来る。
 白い羽は暗闇の淵に捕らえられた鴉の頭上から、いくつもいくつも降り注ぎ、鴉の周りにいる闇たちを溶かしていく。しかし、溶かしていくのは闇だけではなかった
 白い羽根が鴉の身体に触れるたび、鴉の身体は焼け爛れていく。
 焼け爛れた肌は腐臭をあげて腐っていく。
 鴉の腐った背中から黒い翼が生え、それは大きく広がって鴉の身体を包み込んだ。
 黒い翼は鴉のことを白い羽から守った。しかし、黒い翼は翼ではなく、黒衣であった。
 辺りに風を巻き起こしながら鴉が黒衣を広げた。
 鴉の髪は風に遊ばれ、その風に運ばれた香が花をくすぐる。
 天は眩く輝き、色取り取りの花が咲き誇り、小川の近くでは白い翼を生やした者たちが神に贈る詩を謳っていた。そこは楽園の名に相応しい場所のように思えた。
 黒衣を広げた鴉が見た光景は夢幻の世界。遠い過去に見た光景であった。
 鴉が眺める視線の先で誰かが会話をしている。
「わたくしは信じております」
 そう言って白い衣を纏った女性が小川の辺に座る男性に声をかけた。
 男性はゆっくりと女性の方を振り向いて微笑んで見せた。その顔は類稀なる美しさを持ち、天で最も輝ける者の称号も持っていた。その称号に相応しく、彼の持つ羽は黄金色に輝き、見る者を魅了する力を秘めていた。
「そのことについては明日にならねばわからぬ。全ての判断は審問会によって下される」
「もし、それで地上[ノース]に堕とされることになったら、わたくしは……」
「恐らく私は処罰を下され、地上[ノース]に堕ちることになるだろう」
「ですが貴方は何もしていない!」
「それでも私は神の意思に従うのみ。それに私は何もしていないわけではない。いや、何もできなかったことが罪だ」
 女性は黙り込み、涙を流しながら羽ばたいて行ってしまった。
 残さされた男性は小川のせせらぎに耳を傾けながら、ゆっくりと目を瞑った。
 遠くから眺めていた鴉の胸はきつく締め上げられ、彼の心は哀しみに溺れた。
 鴉の頬を滑り落ちた雫は天の光を受けて輝き、雫の落ちた地面は水面のように哀しく揺れた。
 世界が液体と化し、鴉はこの世界から解き放たれた。

 弾け飛ぶガラス片は砂のように宙を漂い煌き、床に放り出された紅い核は脈打つ。
 紅い核が細胞分裂をはじめ、ぶよぶよと細胞が膨れ上がり肉体を構成していく。やがてそれはヒトの形を形成し、類稀なる美しい顔はまさに鴉のものであった。
 生まれたままの姿でそこに立ち尽くす鴉。長い黒髪を靡かせ、引き締まった筋肉は決してゴツゴツとした感じではなく、美しくスリムであった。
 鴉の身体が一瞬脈打ち、彼の背中から黒い翼が生え、それは黒衣に変わり鴉の身体を包み込んだ。
 鴉は翼を失う代わりに黒衣を得た。黒衣は鴉の身体の一部であり、矛であり、盾である。しかし、それを捨てることはできない。鴉が黒衣を纏うのは彼に課せられた罰であり、呪いなのだ。
 鴉は辺りを見回し、ここがキメラ生物の研究所らしき場所だということは理解したが、それ以上のことはわからなかった。
 疾風の如く走った鴉は金属のドアを蹴り破り廊下に出ると、そこはけたたましいサイレン音とともに赤いランプが点滅を繰り返していた。
 金属でできた廊下に金属を叩き付けた音が大量に鳴り響いた。
 全長五〇センチほどの蜘蛛型ロボットの群れが川の流れのように鴉に向かって来る。
 蜘蛛型ロボットは床だけでなく、壁や天井を歩き、まるで建物が蠢いているよう見えた。
 鴉は蜘蛛型ロボットに背を向けて走り出した。廊下は一本道で逃げ場は一方しかなかったのだ。
 蜘蛛型ロボットとの距離を離し走る鴉の前に、白いボディを持つロボットが立ち塞がった。
 ロボットの足はキャタピラ型で、腰にあたる部分から上はヒト型になっている。そして、一方の腕は銃器となっていた。
 建物のことなど関係なしにロボットから銃が乱射される。鴉はそれを躱しつつ、硬質化させた手でロボットの顔面を殴りつけた。
 顔面を破壊されつつもロボットは巨大な手で鴉の胴を掴み、残った腕から銃を乱射させて鴉の身体を蜂の巣にしようとした。しかし、鴉は自分を掴んでいる腕をへし折って逃げると、その腕をロボットに目掛けて投げつけた。
 投げつけられたアーム部分はロボットのボディをへこませはしたが、ロボットの動作性にはなんら問題はない。
 ロボットの背中から巨大なバズーカ砲が出てきて、轟音を立てながらバズーカ砲は鴉に向かって発射された。
 黒衣が鴉を包み守る。
 金属の通路が黒くくすみ、黒衣を広げた鴉は瞬時にロボットに爪を向けた。