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第八章 交響曲の旋律と

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「藤咲さん――いや、メイシアの親父さん。俺はメイシアとハオリュウのために、あなたを助けたいと思った。ハオリュウは金を払うと言っていたが、そのへんはうやむやのまま、ほぼ俺の独断で強行した。急がないと、あなたの命が危ないと思ったからだ」
「そうなのか……?」
 相変わらずコウレンの返答は、ぼんやりとしていて芳しくない。けれど、周りを見る目が落ち着いてきた。あとひと息と、ルイフォンは声に力を込める。
「だから、鷹刀はあなたの部下ではない。鷹刀の名誉のために、そこだけは、きちんと理解していただきたい」
「……分かった」
 ぼそぼそとした返事だったが、とりあえずは納得したようだった。
 メイシアがほっと息をつく。ハオリュウが早く立て、と言わんばかりの視線をルイフォンに送っていた。
 ルイフォンが立ち上がるのを測ったかのように、イーレオがベッドサイドに現れた。背の中ほどで結わえた黒髪をさらりと揺らし、彼は優雅に一礼する。
「はじめまして。不躾に失礼。鷹刀イーレオです」
 低く魅惑的な声を響かせ、イーレオが右手を差し出した。その手をコウレンがおずおずと握る。
「こちらこそ、世話になったようで……」
 ぎこちない挨拶を交わすコウレンに、ハオリュウは苛立ちを覚える。思わず何かを口走りそうになったとき、草の香が横切り、彼を押しとどめた。
「すみません、総帥。ご挨拶だけにしておきましょう」
 ミンウェイだった。
「先ほどの診察で、健康状態に問題はなかったのですが、心労が溜まってらっしゃるようです。あとはお身内の方だけにして、我々は下がりましょう」
 イーレオは、ちらりとハオリュウを見やる。それで納得したようだった。
「ミンウェイ、お前の言う通りだな。――藤咲さん、それでは我々はこれで。ゆっくり体を休めてください」
 その言葉を合図に、鷹刀一族の面々――ルイフォン、イーレオ、ミンウェイ、シャオリエが踵(きびす)を返す。だが次の瞬間、意外なことが起きた。
「ま、待ってくれ!」
 コウレンが叫んだ。皆、驚きの目で彼に注目する。
「その少年が娘の『大切な人』というのは……?」
 隈(くま)の多いコウレンの瞳が、ルイフォンを見つめている。
 不意を衝(つ)かれ、ルイフォンは彼らしくもなく心臓が飛び上がらせた。先送りにせざるを得ないと諦めていた話題が、思わぬ方向から返ってきたのだから当然だろう。
 だが、次の瞬間には頭を切り替える。折角のチャンスだ。今はまだ、込み入った話は避けたほうがよさそうだが、メイシアとの仲はきちんと言っておきたい。
「『恋人』という意味です」
 扉に向かって歩きかけていたルイフォンは、ベッドのそばに寄り、コウレンの顔をまっすぐに捕らえた。
「この事件を通して、俺はメイシアと出逢いました。ごく短い間でしたが、俺は彼女に惹かれ、想いを告げました。――そして、彼女は俺に応えてくれました」
 できるだけ柔らかい表現で言ったつもりだった。しかし、ルイフォンの目線の先で、コウレンは徐々にその顔色を黒く染めていく。ルイフォンの背を冷や汗が流れた。
「……認められるわけないだろう! 貴族(シャトーア)と凶賊(ダリジィン)だぞ……」
 コウレンが唇をわななかせる。メイシアが「お父様!?」と、血相を変えた。彼女は、まさか父から否定的な言葉が出るとは思わなかったのだ。
「お父様、ルイフォンは『暁の恋人』なの。お父様が昔、私におっしゃった『目覚めた瞬間に、瞳に映したい人』……」
 青ざめるメイシアを、コウレンはただ濁った目で見つめていた。口元に手を当て、彼女は短く息を吸う。信じられない、と震える指先が言っていた。
 メイシアの言葉に、ルイフォンは聞き覚えがあった。コウレンを救出する際に預かった伝言だ。
 ――『暁の光の中で、朝の挨拶を交わしたい人と出逢いました』
 彼女が幼いころ、コウレンが言った言葉だという。父娘の間だけで通じる暗号のようなものだろう。
 平民(バイスア)の女を妻に迎えた貴族(シャトーア)の男の言葉なら、どんな意味合いを持つのかは想像できる。身分違いの相手でも、娘の気持ちは尊重する、味方になってあげる。――コウレンはそう約束したはずなのだ。彼女らしくもなくメイシアが感情的なのは、この絶対の言葉があったからだ。
 メイシアが特別な言葉で呼んでくれるのなら、ルイフォンだって黙っているわけにはいかない。彼はすっと息を吐き、心を決めた。
「本当は、気取った言葉のほうが、こういうときにふさわしいのかもしれない。けど俺は、俺らしくありたいから、単刀直入に言わせてください」
 隣に立つメイシアの体が、びくりと震える。
「確かに俺たちは生きる世界が違う。それでも一緒に居たいから、俺は鷹刀を抜けます。だから――」
 彼はそこで、いったん言葉を止め、鋭いけれども優しさを忘れない、澄んだ眼差しをコウレンに向けた。
「彼女と俺が、共に在(あ)ることを認めてください」
 部屋を覆う光が、すべての音を飲み込んだようだった。時すらも吸い込まれたかのように、あらゆるものの動きが止まる――。
 ……やがて「メイシア」と、しゃがれたコウレンの声が、彼女を呼んだ。
「そんなにその男がいいのか?」
「は、はい!」
 メイシアが弾かれたように答える。
「……なら、藤咲家としても考えがある」
 そう言って、コウレンはイーレオを見た。
「鷹刀イーレオさん、あなたとふたりきりで話をしたい。あなた方の流儀は知らないが、貴族(シャトーア)なら、これは家同士の問題ですからね」
 突然、話を振られたイーレオは困惑に眉を寄せた。だが、魅惑的な微笑を浮かべ「分かりました」と答える。
 妙な具合いの急展開だが、コウレンが歩み寄ってくれるのは誰もが望むところだった。イーレオを残し、他の皆はそろそろと退室しようとした。
 ――しかし。
 コウレンが再び口を開いた。
「すみませんが、話し合いは『今ここで』ではありません。万が一、口論にでもなったら、この屋敷では私の身が危うい。後日、こちらの指定する場所に来ていただきたい」
 室内に動揺が走った。
 コウレンの言っていることは、決して不当ではない。けれど、どこか奇妙だった。皆が顔を見合わせ、やがてその視線がイーレオに集まる。
 イーレオに迷いはなかった。了承を示そうと、口を開きかける。その動きを、嫋(たお)やかな女の声が遮った。
「駄目よ、イーレオ」
 一歩離れたところから、傍観者のように見ていたシャオリエだった。
 にこやかに微笑んでいるようでいて、アーモンド型の瞳は冷ややかで……。その場にいた者は皆、心にざわめきを覚える。彼女と初対面のハオリュウなどは、見知らぬ部下が後ろに控えているだけと思っていたのだが、この一瞬だけで彼女の只者ならぬ様子を察した。
「はじめまして、藤咲さん。私はシャオリエと申す者で、街で店を経営しておりますの」
 普段のシャオリエを知る者ならば、優しげな声が、言葉遣いが、獲物を誘う甘い香りだと気づいただろう。
 皆の当惑と疑惑の視線を浴びながら、シャオリエは緩やかに歩を進めた。
「うちの店は貴族(シャトーア)のお客様もご贔屓にしてくださっていてね、厳月家の坊ちゃまもよく来てくださるのよ」
作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN