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短編集43(過去作品)

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想像と創造



                 想像と創造


 自分にとって本当に好きな人が誰かということに気付くのが遅いということを伊吹三郎は気付いていただろうか。
 本当に好きな人が、自分にとって一番素敵な人だというのを基本だと、三郎はずっと感じていた。今、実際に好きな人がいて、どうすれば自分の気持ちを打ち明けることができるのかを考えているが、今まで女性とあまり付き合ったことのない三郎にとって大きな問題であった。
 さりげなく相手に告白できれば苦労はしない。下手に告白して、玉砕してしまったのではどうにもならず、
――もっと慎重にいけばよかった――
 と悩むのが関の山だろう。
 だが、案外最後は何も考えずに告白してしまうかも知れない。結論が見出せない時、最終的に当たって砕けろの精神に落ち着くことは今までにもあったことだ。その時の結果は五分五分、開き直るまでに迷いが生じても仕方のないことだ。
 学生時代までは、友達優先だった三郎だが、社会人になって皆自分の仕事を持つと、なかなか話ができなくなったこともあってか、自分中心に考えるようになっていた。
 寂しさがないわけではない。何かを決意した時など友達に相談することもあったからだ。もちろん、自分の中で、ある程度の結論を持っての相談であったが、最終的な結論を決める段階で、相談相手があるなしでは、かなり精神的に違ってくるはずである。
――友達なんかいらない――
 と社会人になってからは思うようになった。会社にいると身に染みて感じる上下関係や、仕事に対する姿勢の厳しさ、そこには学生時代の友達関係とは天と地ほどの差が存在していた。
 大学時代は友達をたくさん作り、その中で目立つことを目指していたはずなのに、いつから変わってしまったのだろうか。大学時代、友達優先と言いながらも、結局は自分中心だった。目立ちたいという思いは自分中心という考え方に結びつくもので、それがいけないことだとは思っていない。わがままではあったが、人に流されることを嫌っていたのでそれでもよかった。その他大勢が一番嫌だったのだ。
 大学時代から一人暮らしを始めたことにも影響があるかも知れない。一人暮らしを始めた頃は、毎日のように友達を呼び、呑んだりしていたものだが、次第に疲れてくると、人を呼ばなくなる。憩いのはずなのに、寂しさがこみ上げてきて、ちょうど住み心地のいい空間が分からなくなっていた。
 三郎は一人旅が好きだった。最初の目的地だけを決めての旅行は、現地で作る友達と触れ合えることで、自分の部屋では感じることのできない満足感を、旅という開放された空間で得ることができるというのが醍醐味であった。
 レンタサイクルを借りての観光など最高で、風を切って走っていると、気分も晴れてくる。田舎のおいしい空気を吸いながら漕ぐペダルは、心地よい汗を流させてくれる。
 しかし、それも学生だからできたのかも知れない。社会人になって最初のまとまった休みで同じように旅行に出かけたが、学生連中の会話にどこか入っていけないところがあった。
――自分が余計な意識をしてしまうからかな――
 明らかに学生時代と心境が違っている。どんなにくだらないと思うことでも、時間を贅沢に使っている気がしていた分だけ、学生時代は楽しかった。だが、社会人になってからというもの、無性に時間の無駄遣いを気にするようになった。
 学生時代との一番の違いは、時間に節目をハッキリと持たせている点である。
――この時刻にしなければいけない――
 という時間が増え、ほとんどが流れの中での効率的な時間の使い方を余儀なくされる。
 流れがあって時間があるのだ。学生時代は、ゆとりのある時間に対して、いくらでも流れをコントロールできたが、社会人になればそうもいかない。
「いかに流れが大切か、これが社会人になった君たちが最初に感じることかも知れないね」
 入社式の時に課長が話していた。話を聞いてすぐには分からなかったが、研修期間も後半になり、現場での仕事が入ってくると、話していた内容が少しずつ身に沁みてくるようになる。その中でも流れの話は、しばらく忘れていたようだ。
 漠然としていたように思えた課長の話も、実際に流れの中に入り込むと、現実味を帯びてくる。
「身体で覚えるという言葉がありますが、皆さんもその言葉を思い出すはずです」
 と話していたのを、この時に思い出した。話の内容は飛躍しているようで、すべてがどこかで繋がっていたのだ。
 最初は無我夢中で仕事を覚えることに集中していた。他のことを考える余裕などあるはずもない。やっと落ち着くまでにしばらく掛かった。
 南九州に行ってみたかった。それもあまり目立たないようなところ、選んだのが人吉だった。
 もちろん、人吉だけが目的地ではない。だが、ガイドブックで見た印象として、こじんまりとしている街が、職人によって作られている雰囲気を漂わせているのが興味を惹いた。
 元々小京都のような佇まいが好きで、あまり大きな街というのに興味が湧かない。学生時代までは人の多い観光地を好んだが、今は人があまり来ないようなところを好むようになっていた。
 学生時代、旅行の醍醐味の一つには、知らない土地での出会いがあった。それが女性であれば最高で、恥ずかしがらずに話すことができる。旅に出れば気分も大きくなって、積極的になれるのだ。
 だが、今は会社に気になっている人がいる。その人のことを頭に描きながら生活していると言っても過言ではない。今度の旅行も綺麗な景色を見ながら頭の中ではその人を思い浮かべていた。
 会社では、まず一緒の空間にいることはない。遠くで見ていて気になる程度の人だ。だが、遠くから見ていて気になり始めると、想いが募るまで、あっという間である。
 適当な距離を保ったまま想いだけが募ってくると、近づくのが少し怖くなる。
 近づくと今まで抱いていたイメージを崩してしまいそうな気がする。遠くに見える山は適当な距離を保っているから綺麗に見えるのであって、近づくにつれて、抱いたイメージが崩れてくるということが往々にしてあるものだ。山と女性を比べるのは失礼に当たるかも知れないが、綺麗なものを見るには適当な距離が大切だということである。
 一目惚れということが今までに一度もないと思っていた三郎は、今回が初めての一目惚れだったのかも知れない。そのことに気付いたのは自分ではなく、まわりの人であった。
「伊吹さんは、早苗さんが好きなんじゃないんですか?」
 給湯室を横切ってトイレに向おうとした時だった。女性事務員がちょうど休憩している時間帯に呼び止められたのだ。
 狭い給湯室に三人の事務員が湯飲みを持って談笑していた。いくら別室になっているとはいえビルの中、あまり大きな声も立てられないので、自然とヒソヒソ話になっている。
 時々トイレに立った時に気配を感じるが、ヒソヒソ話というのは却って目立つもので、今まではあまりいい気分がしなかった。まさかその中に呼ばれるなど思ってもみなかったので、ビックリしてしまった。
 早苗というのは、今年入社した中にいた女の子で、目立つところはまったくなく、実際に同じ事務所の女性たちと話をしているところを見たこともない。
作品名:短編集43(過去作品) 作家名:森本晃次