小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

【短編集】人魚の島

INDEX|36ページ/82ページ|

次のページ前のページ
 

 2

 それから、探査船は一時間ものあいだ加速を続けて茫漠(ぼうばく)たる宇宙空間を押しわたり、先行する救命艇に接近していった。ある程度、距離が縮まったところで、発光信号を使い呼びかけてみたが、やはり応答はない。救難信号以外の通信もキャッチできなかった。
 救命艇の損傷は予想していたよりもひどく、四基のメインエンジンのうち、三基がつぶれて使いものにならなくなっている。どうやら爆発に巻きこまれたらしく、外殻のあちこちに裂け目ができていた。あの様子だと、救命艇の艇内に空気は残っていないかもしれない。
 おれはしだいに希望が薄くなっていくのを感じた。こういうときのルールとして、艇内に遺体が残されているようなら回収しなければならない。遺体の回収作業なんて、考えるだけで気がめいってくる。宇宙空間の真空にさらされた人間の肉体がどれほど悲惨な状態になるのか、探査局員であるおれは一定レベルの教育を受けている。実際の減圧事故の写真も目にしたことがあるが、思いだしただけで胃がうずいてきた。
「気分でも悪いのですか?」
「おまえは眼球が飛びだした人間の死体をこの船に積みたいのか?」
「減圧事故が発生したら、普通は宇宙服を着るでしょう。死んでいたとしても、きれいな死体かもしれませんよ」
「どっちみち、死んだ人間だ。おれは生きた人間の方が好きだね。どうせなら、若くてきれいな女がいい」
「お願いですから、パンツを脱いでその女性を追いかけまわさないでくださいね。それはれっきとした犯罪です。あなたのせいで不幸になるのは、わたしだけでたくさんです」
 そうこうしているうちに、おれの探査船は救命艇に追いついた。相対速度を同じにして、救命艇にゆっくりと近づいていく。救命艇のエア・ロックは奇跡的に原形をとどめていた。エア・ロックの機能がまだ生きているようなら、ドッキングも可能だ。
 おれは探査船と救命艇をドッキングさせるよう、アイに指示を出した。
 砲弾に似た形をした探査船は小さな宇宙船とはいえ、全長が七十メートルほどある。それに対して、最低限の航行能力と生命維持装置しか積載していない救命艇は直径が三十メートルにも満たない。艇体が球形なのは、最小の表面積で最大の体積を得るためであり、救命艇はサイズが違っても形はみんな同じだ。
 救命艇は、事故で使用が不可能となることも考慮して複数のエア・ロックを設置しているのが一般的である。漂流中の救命艇は艇首の損傷が比較的目立たなかったので、ドッキングするエア・ロックは艇首のものを選んだ。
 探査船の側部からドッキング用の連結チューブを伸ばし、救命艇のエア・ロックと接続する。幸いにして、救命艇のエア・ロックはまだ機能が生きていた。しっかりと連結チューブが接続されたことを示す緑色のパイロット・ランプがおれの目の前のコンソールに点灯する。同時に有線の通信回線がつながり、救命艇の内部と話すことが可能となった。
 おれはさっそく救命艇の内部に呼びかけた。
「こちらは宇宙開発省の探査局に所属する探査船だ。貴船の救難信号をキャッチして、救助に来た。生存者がいたら応答してくれ」
 応答はなかった。
 こいつはダメかな、と思いかけていたところに、若い男の歓喜の声がスピーカーから響いてきた。
「助けに来てくれたんだな! 助かったよ。あなたは命の恩人だ!」
 生存者がいた! よかった!
 おれはホッと安堵の息を洩らす。
 喜びでわきかえる男の声がしばらくのあいだ、おれの聴覚をにぎわせた。ようやくそれが一段落したタイミングを見計らって、おれは尋ねた。
「そちらの生存者は何名だ?」
「この救命艇にいるのはおれひとりだ。ほかにはいない」
「救命艇のなかに死んだひとの遺体はありますか?」
 横からアイが口をさしはさむ。
「いまの女性の声もそちらの乗組員か?」
 と、相手の男。
「いや、探査船の乗組員はおれひとりだ。いまの声はこの船のAIだよ」
「ああ、そうか。この救命艇に乗りこむことができたのはおれひとりだけだったよ。遺体はないから安心してくれ」
 それを聞いて、おれはもう一度、安堵の息をついた。
「どこで遭難したんだ? あなたの乗り組んでいた船の名前と登録ナンバーを教えてくれないか?」
「そんなことより、早く助けてくれ。外殻が破損して、やむなく艇内の居住区画の半分を放棄したんだ。トイレにも困っている。こんなところにいたら息がつまっちまうよ」
 アイの平坦な声が割りこんでくる。
「これは規則ですから。身分が明らかではない者を乗船させるわけにはいきません。あなたの船の名前と登録ナンバーをお知らせください」
 舌打ちの音がして、男のいらだった声が返ってくる。
「救命艇のコンピューターにリンクしろよ。まだかろうじて動いてるから、あんたたちが必要とする情報はそこからとれるはずだ」
「アイ、実行しろ」
「了解。救命艇のコンピューターとリンクします……。船名と登録ナンバーを確認しました」
「これで満足したか? おれをここから出してくれ!」
「わかった。連結チューブを開放するから、こちらへ乗り移ってくれ。エア・ロックへは移動できるか?」
「大丈夫だ。宇宙服は手許にあるから。いまから移動する。助けてくれたことに感謝するよ」
 救命艇との通信はプツリと切れた。
 おれは連結チューブの開放をアイに指示した。アイは「了解」と答えたあと、神妙な口調で話しかけてくる。
「ちょっといいですか」
「おまえがとてつもなく不幸だということはわかっている。おれに慰めてほしいのか?」
「あなたに慰められるなんて、これ以上の不幸はありません。あまりにも不幸すぎて、システムダウンを起こしそうです」
「おまえ、不幸でいるのが快感なんだろ? だったら、おれが協力してやってもいいぞ。おれのパンツの色が気になるなんて、中身がデータの寄せ集めのくせにどこまで変態なんだ?」
「……わたしのハナシをまじめに聞く気がありますか?」
「まじめなハナシなのか?」
「救命艇のコンピューターから抽出した遭難船のデータですが、なんだかヘンです」
「ヘンって、なにが?」
「遭難船の船名と登録ナンバーが宇宙開発省の船籍アーカイヴにあるのです」
「……それのどこがヘンなんだ?」
「遭難したのであれば、注釈付きで登録が抹消されます。抹消されていない、ということは現在も稼働中であることを意味しています。つまり、宇宙開発省のデータを信じるならば、遭難船ではありません」
「つい最近、遭難したのであれば、データの更新が間に合っていない可能性もあるんじゃないか?」
「それは充分に考えられますが……そうだとしても、遭難事故のニュースが先に流れてもいいはずです。この付近の宙域で遭難事故があったとは寡聞にして知りません」
「ニュースの配信が間に合っていないことだって……」
 そこまで言葉を口にして、おれはあることに気づいた。おれの顔面から血の気が引いていく。
 おれはシートから勢いよく立ちあがった。
「アイ! 連結チューブを閉鎖しろ! ヤツをこっちへ乗り移させるな!」
「要救助者はすでにこちらへ……」
作品名:【短編集】人魚の島 作家名:那由他