小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

【短編集】人魚の島

INDEX|35ページ/82ページ|

次のページ前のページ
 

辺境航路での遭遇



 1

 メインディスプレイに映る星座の形が瞬時に変化する。
 おれの探査船は数十光年の宇宙空間を一瞬で移動した。
 おれはためていた息を吐いて、シートの背もたれに体重を預ける。何回経験してもジャンプの瞬間は心臓が喉元までせりあがってくるような緊張を強いられる。たぶん、こればかりは慣れるということがないような気がした。
 この超光速航法──ジャンプ航法のおかげで、いまや地球を中心とした銀河系内の人類の版図は急速に拡大しつつあった。人類の宇宙への進出を積極的に推進している機関が宇宙開発省であり、おれはその一部局である探査局に籍を置いている。
 おれの仕事は誰も足を踏み入れたことがない宙域の調査だ。給料は安いくせに危険はやたらと大きい。実際、今回の任務は……いや、やめておこう。それを語り始めると、とめどもないグチになってしまいそうだ。
 いま、おれは任務を終えて、探査局の前哨基地に帰投する途上だった。ここまでの帰り道は順調で、あと一週間ほどすれば基地に帰り着く予定だ。
「アイ、異常は?」
「チェック……完了。異常ありません」
 探査船を一手に管理する人工知能(AI)──アイが耳に心地よい音楽的な女性の声で応答する。以前は冗談もめったに口にしない、きまじめな性格だったのだが、おれの友人である整備第三課のメカニックがアイのパラメーターを再設定してくれたおかげで、彼女は生まれ変わっていた。どのように生まれ変わったのか、というと……。
「またコーヒーですか? それをこぼして、わたしの美しい身体を汚すつもりですね? わたしは不幸です」
 おれは右手に持ったコーヒーのマグを口に運ぼうとしてその動作を途中で止め、軽く肩をすくめる。
 いつもこんな調子だ。おちおちコーヒーも飲んでいられない。
 アイはおれがやることなすこと、全部が気に食わないらしい。「わたしは不幸です」が彼女の口癖だった。たぶん、一日に百回ぐらい、そのフレーズを口にしているはずだ。初めはうっとうしく思っていたが、最近はもう慣れっこになってきた。
「今日のあなたのパンツは金色ですね? あいかわらず悪趣味です」
「おれが何色のパンツをはいたって、おまえには関係ないだろ」
「こんな悪趣味なひとがわたしのマスターだなんて……わたしは不幸です」
「じゃあ、何色のパンツだったらいいんだ?」
「いっそのこと、パンツなんか、はくのをやめたらどうですか?」
 この探査船の乗員はおれだけだから、会話の相手はアイしかいない。船首にある船橋(ブリッジ)はいつもおれが座っている船長のシートのほかに予備シートがふたつ、補助シートがひとつあり、四角い部屋の真ん中に二列になって配されている。おれが座る船長のシートは後列の左側で、あとの三つのシートは空席だ。天井はそれほど低くないのだが、さまざまな機器と制御卓(コンソール)が空間の大半を占拠しているので、自由に動きまわれるスペースはそれほどない。窮屈な船長のシートに座りながら、こんな不毛な会話を何回、彼女と交わしてきたことだろう……。
「おまえが生身の女だったらよかったのに。そしたら、パンツを脱いでおまえのあとを追いかけてやる。それって案外、楽しそうだな」
「それは探査局の基本就業規則第三十二条A項に違反……」
 突然、船外スキャナーが甲高い警告音を発した。おれはびっくりして、あやうくマグを落としそうになる。
 緊迫感をはらんだアイの声が告げた。
「警告。未確認の宇宙船を発見しました!」
 おれはコーヒーのマグを持ったまま、シートから腰を浮かした。マグからこぼれたコーヒーがコンソールにかかる。とたんにアイが悲鳴をあげた。
「わたしの美しい身体になんてことを!」
「そんなことはどうでもいい! どこの船だ?」
「スキャンを実行中……。救難信号をキャッチ。救命艇のようです」
「救命艇? こんな辺境の航路に?」
「救命艇の型式を確認中……。ユナイテッド・ギャラクティカ社製のタイプB型ではないかと推測されます。小型ですから、要救助者がいるとしても二、三人でしょう」
「メインディスプレイに映像を出せるか?」
「ちゃんと手許を見てください! またコーヒーをこぼしますよ!」
「いいから早くしろ! 早くしないと、おまえが一番イヤがるピンク色のパンツでこぼしたコーヒーをふくからな!」
「……わたしは猛烈に不幸です」
 メインディスプレイに最大望遠の映像が割りこんできた。まだ遠いので細部がはっきりしないが、赤色に塗装された球形の小さな救命艇が探査船の正面を右から左に横切る方向へ進んでいる。
「最近、この付近で遭難事故でもあったのか?」
「三年前、この航路上の八光年ほど銀河中心核寄り(アップワード)の宙域で貨客船が遭難しています。記録によると生存者は確認できていません」
「三年前か。あれがそのときの救命艇だとしても生存者はいないかもしれないな……」
「どうしますか?」
「救命艇を発見しておいて放置するわけにはいかないさ。そんなことをしたら、おれは探査局をクビになる」
「うれしくなるようなことを言わないでください。いえ、もっと言ってください」
「救命艇の救助に向かうぞ。進路を修正しろ」
「了解」
「基地にも連絡してくれ。漂流中の救命艇を発見。これから救助に向かう。そう伝えるんだ」
「超光速通信(SLCS)で発信中……。発信、完了しました」
 超光速通信(SLCS)は中継基地をいくつも経由して探査局の前哨基地に届けられる。このメッセージを基地が受け取るのは二日後だ。返事が返ってくるのは、さらにその二日後。基地からの指示を待っているわけにはいかないので、ここはおれの判断で動くしかない。
 探査船の五基あるメインエンジンのすべてに点火して、慣性中和装置が壊れそうなほどの猛烈な加速を開始する。姿勢制御ジェットを数回噴射して、進路を微修正。
 救命艇はさっきからずっと慣性飛行を続けている。もう燃料を使い果たして、方向転換する余力すら残っていないのかもしれない。こちらに気づいているのかどうかも定かではなかった。
「約一時間で救命艇に追いつきます」
「救命艇に呼びかけてみろ」
「さっきからやっています。応答がありません。受信ができても送信ができないのか、あるいは生存者がいないのかもしれません」
「救命艇の外殻は無傷か?」
「艇体の後端部と底部に損傷が認められます。空気洩れで艇内に減圧が発生している可能性もあります」
「こちらとドッキングできるかな?」
「わかりません」
 ドッキングが不可能なようであれば、宇宙服を着こんで船外へ出て、救命艇のエア・ロックを外からこじあけるしかない。生存者がいれば、エア・ロックのインターホンで呼びかけてなかから開けてもらえばいい。インターホンにも応答がないようだったら強制開放せざるをえないが、それは最後の手段だ。
「……まだ救命艇からの応答はないのか?」
「ありません。救難信号だけです」
「もう少し近づいたら、発光信号を試してみよう」
「そうしましょう。ところで、あなたは大切なことを忘れていますよ」
「え?」
「さっきこぼしたコーヒーをきれいにしてください。わたしを不幸にするのがそんなに楽しいのですか?」


作品名:【短編集】人魚の島 作家名:那由他