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短編集42(過去作品)

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 店の中は案の定客はおらず、陳列されたものもワゴンに乗せられたものも誰にも触られていないのではないかと思えるほど綺麗に整理されていた。
 ゆっくり見て回るつもりはあまりない。さらっと見渡してお気に入りのものがなければすぐに表に出るつもりだった。神秘的な店に興味はあるのだが、あまり長居をしたくないのは、やはり気持ち悪さを感じているからだろう。
 部屋は暗いのだが、ところどころにスポットライトが当たっている。興味を持ちそうなものに対して当てているのだが、さすがにレイアウトも照明も客の気を引くような当たり方をしているところは素人ではない。
 その中でも綾香の気を引いたのは、光が当たって乱反射しているように見える砂時計だった。陳列棚の中でも一番強いスポットライトが当たっているように見えるのは贔屓目で見ているからだろうか。
 砂というものに興味がある。特に占いの館をイメージした時点から「アラブの砂漠」を想像したではないか。
 砂というのはきめ細かいもので、少しでも遠くから見ると、その粒の一つ一つを確認することは不可能だ。しかし、見る角度が少しでも違ったり、光が当たる角度が少しでも違うだけで、見えてくるものはそれ以上にまったく違う雰囲気になっている。
 特に当たる光に反射するのは、鏡のような平面ではない。小さいとはいえ、れっきとした粒子なのだ。それだけに目に眩しかったり、暗さを見せる一面があったりと、さまざまな顔を見せてくれる。実に神秘的なものなのだ。
 風に舞う砂も自然によって作られた砂紋が神秘的な芸術を作り出す。だが、密閉されたガラスの筒の中を、上から下に狭い通路をゆっくりと落ちていく砂時計も実に神秘的だ。特に絶えず動いている砂を見ていると、当たる光の角度によって明るさがさらに増してくるようで、むしろ明るいところで見るよりも、中途半端と思えるくらいな明るさの中で見る方が綺麗に違いない。
 暗いテントの中に浮かび上がった小さな砂時計、少しの間だけひっくり返すこともせずに見つめていた。すべて落ちてしまった砂が真っ赤に染まっている。よく見ると中は無風のはずなのに、赤い粒子が舞っているように見える。後ろが暗く、砂の色があまりにも赤いからこそ感じることができたのだろう。
 砂の山ができた高さまで背を屈め、じっと見ているとなだらかだと思っていた山がとんがり帽子のように綺麗な三角形を作っていている。少しずつ流れているように見えるが、しばらくは綺麗な三角形のままだろう。
 山がなだらかになり始めると、やっとひっくり返してみたい衝動に駆られた。
 触っていいものか分からなかったのであたりを見渡すと、誰も見ている者はおらず、ホッと安心した。中学の頃に母親の口紅を化粧台から出して、鏡を見ながら唇に通したことを思い出した。唇をすべる口紅の肌触りに集中したいにもかかわらず、誰かを気にしなければならないことへの寂しさを感じていた。
 今でこそ口紅を塗ることに抵抗はないが、時々鏡を見るとその時の気持ちを思い出すことがある。いたいけな子供の遊び心、悪戯と言えばその程度のことしかできない子供だった。
 砂時計のガラスの表面に自分の姿が写っている。丸いガラスなのでまともに写っているわけではないが、じっと見つめているのを感じる。口紅を塗った自分を鏡で見ている時に見つめる視線を思い出すくらいに、集中して砂を見ているようだ。
 おそるおそる触ってみる。まわりがシーンと静まりかえっているだけにちょっとした物音でも反響して聞こえるだろう。だが、息を凝らすようにしていると、暗闇の中に乾いた音はすべて吸収されてしまいそうに思えた。それだけ真っ暗な部屋に湿気を感じる。
 湿気は重さを誘い、気だるさを感じさせるものとなっていたが、真っ暗な中に赤い光を感じるのは、砂の色が赤いからだけではないように思えた。
 赤い色というと、もう少し派手なイメージがあったが、暗闇で見ると、濃い赤色というのは他のどの色よりも黒に近い。どこかから入ってくる光の線に赤い色が混じっているのか、砂時計の上の部分を紫に見せていた。
 思い切って砂時計を手に取ってみる。
――思ったよりも軽いな――
 砂が入っているのでもう少し重たいものだと思っていた。ガラスだけでもこれくらいの重たさがあるのではないかと思えたのは、ガラスのように見えるだけで、実際はプラスティックなのかも知れない。
 それにしては光沢は明らかにガラス製である。ガラスに見える特殊な施しがしてあるのだろうか。最初に感じた赤という色以外にも他の色が混じっているようで、やはりガラス以外の何ものでもないだろう。
 ゆっくりとひっくり返してみる。
 赤い粒子が舞っていたのが嘘のように、アリ地獄でも見ているかのように窪んでいく中心を見ていると、下に落ちる砂よりもはるかに多く窪んでいる。まるで抉れているという表現がピッタリだ。
「おや?」
 じっと見ていてまるで魔法に掛かったかのように感じたのは、かなしばりに遭ったかのように硬直してしまい、視線だけが落ちてくる下の砂を凝視していた時だ。そこに写った信じがたいものを見つめている視線が次第に不思議なことのように思えなくなると、砂時計を手に取って、そのまま買ってしまっていた。衝動買いではない。あくまで魅入られたのだ。それが今や綾香にとっての宝物となった。

 高校を卒業して綾香は都会の会社に就職した。元々家を出たいと思っていたこともあって、念願の一人暮らしだった。親を説得するのが一番大変だと思っていたが、
「都会の会社に就職したんじゃあ、しょうがないか。たまには帰ってくるんだぞ」
 と父親から声を掛けられたくらいで、母親は何も言わなかった。父親がもし反対したなら、きっと母親も反対に回っただろう。それもどこに自己主張があるのかと思えるほど、父親の言葉の鸚鵡返しでしかない言葉を並べるだけだ。そんな母親からの説得など、何の足しにもならない。
 だが、そんな母親も時々自己主張することがある。それまでただ相手の話を聞いていただけなのに、何にそんなに苛立つのか分からないところでいきなり怒り出すのだ。
「女ってギリギリまで我慢できるけど、ある程度までくると後は自分でも分からなくなるくらいにキレることがあるのよ」
 という話を聞いたことがある。綾香にはいまだそんな思いが訪れたことはないが、我慢することをあまりしない綾香には理解できる範囲を超えていた。
――一人暮らしを始めたい――
 と思うようになったのは、そんな母親から離れたかったのが一番の理由である。
 見ていてイライラする。相手が母親だけに余計に苛立ちを覚えるのだろうが、自分にも同じところがあるということを絶対に認めたくない。一番目立つだけに見ているだけでたまらなくなってしまうのだ。
 一人の時間が好きなのと、自己主張ができないのとではまったく質が違う。一人の時間が好きな綾香は、人から暗いと思われても一向に構わない。自己主張ができない人だと思われるよりも、よほどマシだからである。
作品名:短編集42(過去作品) 作家名:森本晃次