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短編集42(過去作品)

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色の変わる砂時計



                 色の変わる砂時計



 光があり影がある。光があるから色がある。
 角度によっても見え方によってもさまざまな様相を見せる色というのは、見ているだけで飽きが来ない。
 特に蛍光色のものを暗いところで見ていると幻想的な気分になり、乱反射によって描かれるコントラストが煌きとなって目に焼きつくことだろう。
 田舎の空を思い浮かべていると煌く空が目に浮かんでくる。無限に広がる星空の、向こうに広がる世界に思いを馳せる人もいるはずだ。電車の窓から見える星空が、迫ってくるような光景を感じたのも今は昔、眠らない街に住み替えてからは果てのない世界に思いを馳せることなどなくなった。
 子供の頃がまるで夢のようだ。かなり前だったようにも感じるが、昨日のことだったようにも思える。とかく時間の感覚というのは曖昧だ。その時々で違っている。記憶にとどまることを許されず、まるで嘲笑われているようだ。

 綾香がその砂時計を見つけてきたのは、縁日に出かけた時だった。まだ高校生だった綾香が住んでいた街は、決して都会ではないが、それほど田舎というわけでもなかった。しかし一年に一度のお祭りにはどこから集まるのか、祭り会場である神社の境内は人でいっぱいになる。
 彼氏がいるわけでもなく、真面目グループに所属していた綾香は、その日も女の子五人と一緒に浴衣を着て歩いていた。
「お姉ちゃん、寄っといで」
 という茶髪の兄ちゃんを横目に歩いているのは、さらにそれ以上のパワーで自分たちの世界を作るかのようにはしゃいでいる無邪気な女の子の集団だった。綾香は一番後ろから歩いているので全体を見ることができ、それだけで楽しい気分になれるのだった。
 聞こえていないわけではないし、声を掛けられて嫌なわけでもない。ちやほやされることにワクワクしながらはしゃいでいる自分たちを想像するのも楽しかった。
 規則的に響いている太鼓の音とともに、男たちの雄たけびのようなものが聞こえ、すっかり暮れてしまった太陽を意識することなく、これほど電球だけで明るいものかということを知る唯一のひと時であった。
 とうもろこしやイカ焼きの匂いがしてくるのも、祭りならではである。そんな中でわざとではないかと思えるほど暗いテントを最初に見つけたのは綾香だった。
 模擬店が並んでいる奥側に、そのテントはあった。申し訳程度に店と店の間が開いていて、その狭い通路を歩くと、思ったよりも道が悪かった。よく見れば隣に大きな木があって、盛り上がった太い根っこを乗り越えるように道が続いているのだ。足場が悪いのは当たり前のことである。
「こんなところに入るとせっかくの着物が汚れちゃうわ」
 と他の女の子は敬遠してしまった。
 今までの綾香であれば、一人が言い出せば右に倣えで彼女たちと同じように踵を返して元の道に戻っていくことだろう。目立つことをするわけでもなく、いつも集団の最後部からついていく綾香にとって単独行動は考えられないことだった。
 目立たない性格は母親譲りだと思っている。参観日でも学校行事がある時でも、いつでも一番端にいて目立たない母親。着物も地味で、いつも控えめにしているせいか、たくさんの人の中から母親を探すのにも一苦労だ。実の娘が苦労するくらいだから、他の人から見れば、何とも薄い存在であることには違いない。
――どこか卑屈に見えるわ。そこまで卑屈にならなくてもいいのに――
 そんな母親を心の中で軽蔑しながら、自分も同じように目立たない女になっていくことを情けなく思っていた。
 しかし、性格だけはどうしようもない。性格とは環境にもよるが、持って生まれたものは多大である。どちらがより影響を与えるのか分からないが、少なくとも高校時代の綾香は、持って生まれたものが性格に影響を及ぼすと思っていた。
「女の子なんだから、おしとやかにしておかなければいけないわよ」
 あれは七五三の時だったと思う。子供用の浴衣に身を包み、自分の背よりもあるのではないかと思えるような千歳飴の袋を片手に持って、もう一方の手を母親に握られている写真が残っている。まるでこけしのように綺麗に揃った髪の毛が可愛らしいが、表情はお世辞にも笑顔とは言えない。むしろそのまま笑顔になれば引きつった表情になるのではないかと思えるほどであった。
 そんな頃だっただろう。母親の口からよく聞かされた言葉が「おしとやかにしなさい」という言葉だった。今考えると引きつった表情は、その言葉への無言の抵抗だったように思えてる。
 綾香は自分の宝物がほしかった。
 いつも団体で行動しているが、その中で自分を主張することをしない綾香は、自分の話を聞いてくれる人がいない。ペットでもいれば話しかけているのかも知れないが、母親が犬も猫も苦手なので、ペットを飼うなど考えられない。何か自分だけの宝物があればそれに向けて話し掛けるだけでもかなり精神的に違うと思っていた。
――私って暗いわね――
 縁日での一番の目的は、宝物探しであった。夜店に並んでいるものの中に果たして宝物になるようなものがあるとはあまり考えにくいが、密かな期待を胸に秘めていることも確かである。
 だからこそ、他の夜店にくらべて明らかに暗く異質なテントを最初に見つけたのだ。他の人が敬遠しそうなところにこそ、何かがあるような予感が綾香にはあった。むしろ誰もついて来ずに、一人で中に入ることを望んでいるくらいだ。
「こんなとこに入る気がしないわ」
 と言って、きれいな道を皆先に進んでいく。
 綾香一人が団体から抜けてテントに入っても誰も気付かない。何しろ最後部を黙ってついて来ただけなので、この人ごみの中、綾香一人抜けたところで誰も気にする者などいないだろう。
 テントを捲ると、中はさらに暗かった。テレビでしか見たことがないが、まるで占いの館の雰囲気に似ている。
――占いの館――
 そこはまわりを真っ黒いベールに覆われていて、ベールには星が散りばめられている。人工の夜を作っていて、普段なら、安物のセットというくらいにしか感じないものだ。しかし中央に置かれた水晶玉に手を翳しているベールで顔を隠した女性が怪しく座っているのを想像すると、実に神秘的に感じてしまう。まるでそこがアラブの砂漠であるかのような錯覚にセットであるはずの星の煌きを感じてしまう。
 縁日でのテントは、さすがにそこまで神秘的ではないが、最初に入った時に感じた暗さにはまさしく占いの館のような神秘性があった。
 次第に目が暗さに慣れてくると、そこにはいろいろなものが置かれていた。アンティークなものから、綺麗なものまでがところ狭しと陳列されていて、小さいものはワゴンに積まれている。
――骨董品屋さんの雰囲気だわ――
 何度かアンティークな骨董品屋さんに入ったことがあったが、これほど暗い雰囲気の店ではない。もっとオープンで照明も明るい感じの店だった。もっとも普通に店を構えるのだから暗い雰囲気の店などないような気がする。
 よほど営利目的を度返しした道楽でやっている店で、店長のこだわりの店でもない限りこれほど暗い店は存在しないだろう。
――今日一日だけの夜店だから、こんな暗い雰囲気なのかしら――
 綾香はそう感じた。
作品名:短編集42(過去作品) 作家名:森本晃次