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短編集38(過去作品)

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 と一言置手紙をして実家に帰ってしまったのは、会話がなくなってから数ヶ月経ってのことだった。
 青天の霹靂とはこのことだったが、予感がなかったわけでもない。冷静になって考えれば、よく美恵子も耐えていたものだと感心するくらいだった。
 だが、感心ばかりもしていられない。美恵子との離婚など考えられないからだ。
 離婚という二文字に違和感があるのも事実である。世間体を考えてもあまりいいことではない。しかし離婚というのが珍しくなくなった昨今では、箔がつくとまで言う人もいるくらいだ。自分が少し古い人間なのかとも考えた幸一である。
 だが、そんなことはどうでもいい。美恵子との生活が終わってしまうのではと考えると、頭に浮かんでくるのは新婚当時の楽しかったことである。
――過去の記憶が走馬灯のようによみがえってくる――
 月並みかも知れないが、その表現しか思い浮かばない。
 だが、女性はそうではないらしい。これも同僚に聞いた話であるが、
「女っていうのはギリギリまで我慢するものなんだよ。だけど我慢の限界を超えてしまうと、もう修復することは難しいね。いっぱいに膨らんだ風船に針を刺すようなものだからね。一瞬にして弾け飛んでしまうんだよ」
 話を聞いている時は、
――そんなものかな――
 と半信半疑だったが、実際に自分がその立場に陥ってしまうと、納得せざるおえなくなってしまった。
 元々の原因は何であったか分からないが、何とか説得せねばならないと思い説得しにいった。しかし理由が分からないでは説得のしようもなく、結局ほとんど月並みなセリフしか言えずに帰ってくることになった自分が情けなかった。
 逃げ出したい気持ちになるのも仕方のないこと。美恵子が使っていたパソコンを開いてみることで、初めてネットを使うようになった。
 知らない人とも知り合うことができるのがネットだということを、その時初めて痛感した。掲示板やチャット、いろいろ知り合うことができる。たくさんの人と文字だけで会話できる。どんなに遠くの人とでも関係ない。そんな世界にビックリしてしまった。
 美恵子が密かに楽しんでいたのが分かったような気がした。ストレス解消にはもってこいである。ネットに入っているひと時でも現実の世界を忘れることができる。それが嬉しかったのだろう。
 幸一は、ネットをするようになって数日で、一人の女性と知り合った。名前を小夜子という。もちろん本名かどうか分からない。幸一は本名を使ったが、幸一などという名前は多いので、名前だけで個人を特定することなど不可能に違いないと思えた。
 美恵子と別居する以前からのことだが、幸一には趣味があった。
 喫茶店でゆっくりするのが好きだった幸一は、会社の近くに馴染みの喫茶店があった。
営業の仕事をしていると、時々営業の帰りに寄るようになっていた。店はこじんまりとしていて、白さを強調している店内は明るさに満ち溢れていた。
 馴染みの喫茶店を持つのが夢だった高校時代、そこでゆっくり本を読んでいる自分を想像したりしたものだ。社会人になってやっとその望みを叶えることができたのだが、それまであまり本を読んでこなかったことを後悔していた。どんな本を読んでいいか迷っていたからだ。
 中学時代はSFファンタジーものを好んで読んだ時期もあったが、それも友達と会話を合わせるためだった。本当に好きだったわけでもない。
――恋愛モノって読んでみたいな――
 と思って一度恋愛小説で有名な作家の本を買って読んだことがあるが、少しリアルすぎてついていけなかった。
 幸一は、すぐに小説世界に入り込んでしまう性格である。本を読んでいると主人公になりきってしまうこともあって、恋愛モノでもドロドロしたものは苦手だった。せっかくうまく行っている夫婦生活が壊れるような場面を、いくら本とはいえど見たくはなかったからである。
 しかし、不思議なことにその時は恋愛小説を読みたくなった。
――感覚が麻痺しているんだろうか――
 それまでが順風満帆、ちょっとしたことでも大袈裟に考えるほど感覚が敏感だったのに、今は却って感覚が麻痺してきそうだった。
 恋愛小説を読んでいると、自分の今までの経験がダブってくる。たいした経験ではないだけに、想像が膨らんでくるので、余計主人公に嵌まってしまうのだ。
 だが、所詮は他人事、今の自分の方が不幸だと思いながら読んでいる自分に気付く。もし内容がハッピーエンドなら今の自分と照らし合わせて消化不良を起こすかも知れない。逆に中途半端に終わった方が、感覚が麻痺しているだけに、内容に陶酔していた自分が現実に戻る時スムーズだろう。
 そんな時に出会ったのが小夜子だった。彼女は結婚していたが、夫婦生活に疑問を感じ、寂しさからネットを始めたという。
 初めて知り合ったのが自分だということを聞いた時、幸一は有頂天だった。同じような境遇、同じ気持ちになれると感じたからだ。幸一にしても初めて知り合った相手が小夜子だったので、偶然に感謝したい気持ちだった。
――それにしても顔も見たことがない。声を聞いたこともない相手に感じるこの親近感は何だろう――
 美恵子と思い出がかすんできそうなくらいで、
――これこそがネットの魔力なのだ――
 と感じたものだ。
 知り合ってからというもの、仕事が終わると一目散に家に帰ってきた。もちろん小夜子に会うためだ。今は便利なソフトもあるようで、一対一で誰にも邪魔されずに会話できる機能がある。それを利用しての会話だった。
 昼間は携帯のメールのやり取りをしているが、お互いに仕事中ということもあって、なかなか返事も書けない。何よりも携帯のメールは文字を打つのが厄介だ。
 最初はお互いに顔が見えないのをいいことに、言いたい放題だった。愚痴をこぼしたり、人には面と向って言えないようなことでも平気で言えた。
 小夜子もそうだっただろう。自分も本音をぶつけていると思うから相手も同じように本音をぶつけてくれる。
――他人のように思えない――
 美恵子との結婚を決意した時のことを思い出していた。
 今の幸一はある意味気分的な余裕がある。追い詰められている気分がしているにもかかわらずどうしてだろう?
 何か趣味をしたいと思ったのはその時で、
――今ならできそうな気がする――
 と感じたのが小説を書くことだった。
 馴染みの喫茶店で恋愛小説ばかりを読んでいたが、中には男性の作者もいた。男性の視点から描く恋愛小説は、女性のものよりもあっさりとしているように思えた。女性が描く方がどこか生々しくリアルな感じがする。読んでいて重たさを感じるのはそのためだ、
――これなら僕にも書けるかも――
 というのと、ストレスを何かにぶつけたいという思いとが強く、文章にぶつけることでさらに自分を見つめなおすことができる気がした。
 過去の恋愛を思い出しながら書いていく。
 最初こそ文章にならなかったが、
――人と話をすることができるんだから、書けるはずだ――
 会話と同じ感覚で書いていけばいいことに気付けば、文章は頭の中に浮かんでくる。もちろん、プロのように歯切れがいいわけではない。それでも自分の手で次々生まれる文章というものの快感に酔っていた。
作品名:短編集38(過去作品) 作家名:森本晃次