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短編集38(過去作品)

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架空の中の真実



                  架空の中の真実


 今年三十五歳を迎える杉田幸一にとって、インターネットというのは、まったく別世界のものだという感覚しかなかった。会社でパソコンを使うことはあっても、家でパソコンを弄るわけではない。あくまでも仕事の一アイテムに過ぎなかった。
 妻の美恵子と結婚して五年、これまでに子供はできていない。
 どちらも子供に関しては黙して語らず、欲しいとも欲しくないとも言おうとしない。どちらかというと、子供の話題を避けているかのようである。
 ずっと新婚のような気がしている幸一は、楽しかった頃を忘れることができない。子供ができることで、その楽しみが終わってしまうことを恐れているのだ。
 妻の美恵子にしても同じ思いでいてくれていると思っていたが、違うだろうか? 子供がほしいとは一度も口にしたことのない美恵子、もし子供がほしいと言い出しても、いつもと変わらぬあどけない表情であっけらかんと言うに違いない。
 だが、そんな思いを抱いていたのも数ヶ月前までだった。楽しいと思っていた日々を壊してしまったのは他ならぬ自分かも知れないと思う中、追われる人生を今自覚し始めた。
「杉田君はきっと一番最初に結婚するでしょうね」
「どうしてだい?」
「何か優しそうだもん」
 と高校の頃に言われたことがあったが、一番好きだった女の子のセリフだったのは何とも複雑だ。
 高校の頃女性にもてたという記憶はない。幼馴染の女の子を好きになるような平凡な高校生だった。
 勉強はあまり好きではなかったが、成績は不思議とよく、授業態度も真面目に見られていたこともあって、まわりからはガリ勉タイプに見られていたことだろう。
 そのことに関してはあまりいい思いを抱いていない。
 成績がよかったのはただの偶然、きっと勉強したところが出ただけなのだろう。
「それも実力のうちだよ」
 という人もいるが、幸一は納得していない。自分の実力になっていなければテストの成績など絵に描いた餅と同じで、すぐに化けの皮が剥がれてしまう。それを今身に沁みて感じているのだ。
 幸一の人生は、ある意味で順風満帆だった。成長とともに、上昇気流に乗っていたのである。あまり妥協をしてこなかった自分が感じるのだから間違いのないことだ。
 それでもどこかに無理があったのか、回ってきたツケは、反動としてのしかかってくる。
 自分のことを分かっているつもりで分かっていないというのが、一番後悔することになることを、感じ始めたことが反動の始まりだった。
 反動の大きな原因として、
――時代の流れに乗り遅れたこと――
 というのが上げられるだろう。
 小学生の頃、友達の中に何でも新しいものが好きなやつがいた。裕福な家庭に育っているので、親が何でも買ってくれるのだろう。そこまでならいいのだが、他の友達は新しいもの見たさで、おべっかを使っているのが露骨に見えていた。子供だけに増長すると抑えが効かない。まわりの者をまるで自分の家来のような目になってくるのを見ているのがたまらなく嫌だった。
――あいつみたいにはなりたくないな――
 と思うようになると、新しいものを求めようとする気持ちが増長に繋がったと思えてならず、あまり時代を追いかけない性格になってくるのも無理のないことである。
 ワープロ、パソコン、携帯電話と、今では仕事には不可欠な時代の流れになかなか乗り切れないでいた。
「君は今でも手書きかね?」
 上司から皮肉を言われたこともあったが、それでも手書きをやめなかった。
――自分の手で書いて残すことに意義がある――
 と自分に言い聞かせていたが、要するに時代の流れを追いかけている人たちが、軽く見えていた。マスコミが新商品を宣伝すればするほど、見向きもしなくなるほど意固地だったのだ。
 当然仕事は捗らず、残業を余儀なくされる。
 家に帰っても疲れた顔しかしていなかったかも知れない。
「あなた、大丈夫なの?」
 と、最初の頃こそ声を掛けてくれていたが、いつの間にか声を掛けてこなくなる。
 幸一もそれでよかった。
――下手に声を掛けられると、いぶかしい気持ちに陥っていたかも知れない――
 人と話をしたくない時は誰にだってある。
 疲れて帰った夫が、真っ暗な部屋に座り込んでいる。猫背のように丸くなった背中を向ける夫を心配そうに襖の陰から見つめる妻、それを感じて
「そっとしておいてくれ」
 と答える夫……。
 ドラマなどで見るお決まりのシーンだが、自分にはありえないシーンだと思って見ていたのはつい最近ではなかったか。
 本当は仕事を家庭に持ち込みたくないというのが本音である。仕事の話をし始めると、どうしても愚痴っぽくなってしまって、嫌な思いをさせてしまうことが目に見えていたからだ。
 しかし、まさかそのせいでストレスが溜まってしまい、知らず知らずに家庭に仕事のストレスを持ち込んでしまっていることに気付かないでいた。
 典型的な家庭崩壊への道とも言える。今から思えば妻もよく耐えてくれた。
 仕事から帰ってきた時だけだった頃はまだよかった。
「まずお風呂ですよね」
 と声を掛けられ、余計なことを考える余裕もない頭で、
「ああ」
 と答えて、素直に風呂に入っていた。
 身体が温まると決行がよくなるせいか、嫌なことへの記憶が遠のいていき、気持ちよさが身体から頭の方へと移動してくる。風呂から上がる頃には嫌な思いはすっかりと消えていて、食事のおいしさが倍増することもあって、楽しい会話に戻ったものだ。
 結婚して五年が経とうとしていると、生活もマンネリ化するのだろうか、先に風呂に入っても、最近ではなかなかストレスが消えてくれない。口を開けば愚痴になって、妻に当たるのが分かっているだけに、食卓に会話はない。まるで通夜のようだ。
 知り合った頃の美恵子は看護婦だった。友達の入院している病院で、彼女が担当だったのだ。過酷だと言われている看護婦なのに、笑顔を絶やさず見舞いに来ている自分たちにまで気を遣ってくれる彼女に一目惚れだった。
 妻の美恵子の性格として、遠慮深いところが特徴だった。一番いいところだと思っていたのだが、それは新婚当時のことだった。
――一番扱いやすいタイプの女性――
 聞こえは悪いが、要するに従順な女性なのだ。
 だが、一旦こじれると会話のないことが致命傷になりかねない。そのことに気付くのが少し遅れたようだ。
「最近、家庭で会話がなくてね」
 と同僚に話をすると、
「杉田さん、それマズイですよ」
「どうしてだい?」
「どうしてって、家庭に会話がなくなったら黄色信号ですよ」
 と言われた。幸一と美恵子は会話がなくともツーカーの仲、お互いに何を考えているか分かっているような仲だった。
 仕事で頭の中がいっぱいになってくると、家庭のことまで考える余裕がなくなってしまうという簡単な図式に気付かないでいた。今さらのように美恵子が何を考えているかを想像してみるが、カーテンに隠れてしまったかのように向こうを覗くことができない。
 そんな美恵子が離婚を考えていた。
「あなたとは、離婚します」
作品名:短編集38(過去作品) 作家名:森本晃次