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④冷酷な夕焼けに溶かされて

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別れ


「…ふぅ…」

誰もいなくなった室内に、ミシェル様の吐いたため息が響く。

「お疲れ様でした。」

言いながら起き上がろうとすると、強い力で押し留められた。

「どこへ行く。」

鋭い光を宿した夕焼け色の瞳が、横たわったまま私を睨む。

「何か召し上がる時のために、置いてあるものをお毒味しようかと…。」

「その必要はない。」

強い言葉で遮られ戸惑うと、大きな手が頭を包み込むように添えられた。

「もう、国のために命を懸けるな。」

驚いて、目の前の深い橙の瞳を見つめる。

「『ヘリオス』も『ニコラ』も、もう死んだ。」

言いながら、目の前に大きな白い陶器の壺が置かれた。

「…死んだ?」

戸惑う私に小さく頷きながら、ミシェル様がそれを静かに開ける。

「…っきゃ…っ!」

思わず小さな悲鳴を上げ、私は口元を両手で覆った。

なんと、その壺には、私の生首が入っていたのだ。

「…ど…して?」

喉が詰まってうまく声が出せないけれど、必死に絞り出すと、ミシェル様が静かに壺に蓋をする。

「先に覇王へ送りつけた『ヘリオス』も、今回の『ニコラ』も、リクの手作りだ。」

「リク…様の?」

ミシェル様は壺をそっと床に下ろしながら、小さく頷いた。

「あいつ、こういう『工作』が得意らしい。」

(…工作?)

(工作っていうレベルじゃないと思うけど…。)

「で…でも、覇王様は作り物だと見破っていらっしゃいました。」

ようやく出るようになった声で訊ねると、ミシェル様は不適に微笑む。

「同じ失敗を、私達が繰り返すとでも思っているのか?」

「!」

私が慌てて首をふると、ミシェル様の夕焼け色の瞳が細められた。

「今回は少し腐敗させて、よりリアルにするそうだ。」

「!!」

ひゅっと息をのみながら、再び口元を両手で覆うと、ミシェル様は喉の奥で笑う。

「…あいつ、見破られたのは初めてらしく、無表情ながら、かなり悔しがっていて、躍起になってるように見えたな。」

くつくつ笑いながら、夕焼け色の瞳を私へ向けた。

その瞳は私室の裏庭で過ごした時のように穏やかで、胸がきゅっとしめつけられる。

「だから、デューでルイーズと幸せに暮らせ。」

思いがけない言葉に、頭から冷水をかけられたように血の気がひいた。

思わず、私はミシェル様の腕を掴む。

「っ痛!だから!力を加減しろって」

「…どういう…ことですか?」

震える声でその腕を握りしめながら訊ねると、ミシェル様が珍しく驚いたように瞳を丸くした。

「迎えにきてくださらない、ということですか?」

ミシェル様の腕を掴む手が、がくがくと音がするのではないかと思うほど震える。

「なぜ…ルイーズと、なのですか?」

「…。」

「私は、これからもミシェル様と暮らしたいです。」

そう伝えても、ミシェル様は無表情のままだ。

「ミシェル様のおそばでないと、幸せに暮らせません。」

更に言葉を重ねても、ミシェル様の表情は変わらない。

「傷だらけの汚れた身ですから、お情けをかけて頂こうなどと思っていません。」

思わず涙で詰まった言葉に、微かにミシェル様の頬が歪んだ。

「ただ、お側にいさせて頂けたら…」

言いながらあたたかな胸にしがみつくと、ふわりと甘い果物の香りが鼻をくすぐる。

「…。」

その甘い香りのする胸元をぎゅっと掴んで訴えるけれど、やはりミシェル様は何も言わない。

「また、レンゲソウで冠や指輪を一緒に作って遊びましょう。他にも、まだまだ楽しいことをたくさんお教えします。…だから」

言い募る私の肩にあたたかなものがふわりと触れ、思わず口を噤む。

顔を上げると、ミシェル様が私の肩を抱きながら、コップの水を口に含むところだった。

そしてそのまま顎をとらえられ、端正な顔が近づいてくる。

甘い雰囲気に誘われるように、私は自然と目を瞑った。

すると、やわらかな唇が優しく重なる。

ミシェル様は軽く頭をふって、私の唇を割った。

そして深く唇が重なると同時に、口の中に冷たい水が流れ込む。

「!」

ぴくりと肩を跳ねさせた瞬間、何かが舌で押し込まれ、ころりと口の中に転がった。

それをまるで溶かし合うように、ミシェル様が舌を絡めてくる。

「…ん…ふ…」

甘い果物の香りを纏う熱い吐息が絡み合い、体の芯が甘く熱く疼いた。

口内に広がる苦味に身をよじる私を、ミシェル様が強い力で抱きしめる。

そして、お互いの熱でそれを分け合った。

ちゅっ、と小さな水音を立てて離れた唇は、互いの銀糸で僅かに繋がっている。

「…。」

頭の芯が痺れ、体に力が入らない私は、そのままミシェル様の腕に身を委ねぼーっとしていた。

そんな私を見下ろして、ミシェル様がふっと笑う。

「苦いな。」

言いながら、剥いて置かれていたリンゴを一切れフォークで刺すと、それをかじり、そのまま再び唇を重ねてきた。

ミシェル様は、リンゴを噛み砕きながら、深く熱く舌を絡めてくる。

私は甘酸っぱいリンゴをミシェル様から口移しで食べさせてもらいながら、身体中に幸せが満ちるのを感じた。

この口づけの意味は、わからない。

なぜ手放そうとしている私に口づけるのか、わからない。

けれど、こうやってミシェル様が求めてくれると嬉しかった。

(私の言葉が届いたのかも…。)

思わず甘い期待を抱いたけれど、離れた唇から発せられた言葉は、それを打ち砕くものだった。

「デューで、ルイーズと穏やかに暮らせ。」

冷水を浴びせられたような心持ちとなり、身体中から熱がひいていく。

「もう、おまえは不要だ。」

ぐっと強い力で私の肩を押して体を引き離すと、ミシェル様はそのまま背を向ける。

咄嗟に私はその肩を掴み、後ろへ引き倒した。

「っぐ!何す」

「あなたに私が不要なわけないでしょ!」

ベッドへ仰向けに倒れ込んだミシェル様の顔の横に、私は覆い被さるように両手をつく。

「これから帝国と戦うのに、一騎当千の私とルイーズが、不要なはずない!」

私の剣幕に驚いたのか、ミシェル様は豆鉄砲をくらったような顔で私を見つめた。

「ちょっとベッドから起き上がろうとしただけでどこ行くのか訊いてくるくせに、不要とか…意味わかんないし!」

言いながら、私は首の激痛に顔を歪める。

「っつ…!なぜ、そうひとりになろうとするの…」

痛みと悲しさで、両瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

「…。」

ミシェル様は少し身を起こすと、そんな私の背中をそっと抱き寄せる。

そして私を胸に乗せたまま、ベッドへ仰向けに寝転んだ。

「…ミシェル様…。」

ミシェル様の胸元に頬をすり寄せると、ぎゅっと抱きしめてくれる。

「…ぷっ」

なぜか小さくふき出すと、小刻みに体をふるわせながらミシェル様は笑い始めた。

「やっと、本性出したな。」

「!」

その言葉に、今さっき自分がやってしまったことに気づく。

「あ…っ」

「そもそも『ヘリオス』をやるような女が、控え目なはずないしな。」

肩を揺すりながら、ミシェル様が愉しそうに笑った。

そのあまりにも綺麗で、あまりにもあどけない笑顔に、私の心が大きくざわめく。