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③冷酷な夕焼けに溶かされて

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覇王の顔色が一気に変わった。

今までの掴み所のない不気味な雰囲気が一変して、今は強烈な殺気を放っている。

「どういうことじゃ。」

鈴を転がすような美しい声が、低く掠れた。

「は!報告では、デューへ向かう途中の山中で賊に襲われ、拉致されたとのこと!」

「ルイーズは何をしておったのじゃ!!」

鬼のような形相で覇王が立ち上がると、帝国の騎士は顔面蒼白で腰を抜かす。

「…っは!ルイーズも共に捕らえられ、いずこかへ連れ去られた模様」

報告する言葉をかき消すように、部屋の外で大きな悲鳴が上がった。

「は…覇王様!!!」

転がるように、ルーチェの騎士と帝国の騎士が転がり込んでくる。

「ぞ…賊が…賊がミシェル様の外套を持って…」

言い終わらないうちに、覇王は寝室から足早に出て行った。

私は即座にベッドから飛び降りると、腰を抜かしている帝国の騎士の腰から剣を抜く。

「ルーナ様!」

フィンが慌てて私の肩を掴んだ。

「ここは僕が!」

フィンは言いながら私の手から素早く剣を取り上げ、そのまま部屋を飛び出す。

私も首の痛みを忘れ、ララの短剣を掴むと寝室から駆け出した。

私室の入り口へたどりつくと、覇王がそこで騎士達と悶着している。

「覇王様!危険です!!」

「どけ!!」

「なりません!お下がりください!!」

外はルーチェと帝国の騎士で溢れ返り、大騒ぎとなっていた。

「ル…ルーナ様まで!」

「こちらにいらしてはいけません!!」

「部屋へお戻りください!!」

私がヘリオスと知らない騎士達が、私と覇王を守ろうと私室へ押し返そうとしてきたその時。

目の前に、黒い影が現れる。

何の音も気配もなく、突然目の前に現れた黒装束の人物に、さすがの覇王も息をのんだ。

「…。」

無言で立つ賊は、生臭い血液が滴り落ちる外套を手にしている。

(確かにこれはルーチェ王の紋章が入っている外套。)

思わずその顔を見上げた。

けれど、顔半分が銀のマスクで覆われており、全貌がとらえられない。

ただ、銀色の髪から覗く切れ長の黒い瞳は美しく、見つめられただけで甘美な感情が沸き上がる。

「…ミ…シェル様…?」

私は崩れるように床に膝をつき、その外套に手を伸ばそうとした。

けれどその瞬間、その男は覇王の首に剣を突きつける。
「私は、星一族頭領、理巧(りく)。」

(星一族…?)

「ヘリオスの死を疑い、デューへの侵攻をルーチェ王に命じた愚かな覇王から、デューを守る為に参った。」

低く艶やかな声が響いた瞬間、その場にいた騎士達の動きが完全に止まった。

まるで魔法で人形にされたように、まばたきすらしない。

「だが、ちょうど良い。覇王がここにいたのなら、その命、貰い受ける!」

言うなり、その剣で覇王の喉を掻き切ろうとした。

「駄目!」

私は思わず、その剣の刃を素手で掴む。

「!」

それまで無表情だった男が、一瞬大きく目を見開いた。

「私はデューの姫、ニコラ。これは、誰の意思ですか?」

ぐっと刃を握り込むと、鋭い痛みが走り紅い鮮血が滴り落ちる。

「兄が、このようなこと命じるとは思えません。いくらデューへの侵攻を止める為とはいえ、このようなことをすれば再びデューは戦場となる…。そんな…愚かな反逆、デューがするはずありません!!」

私の剣幕に、銀髪の男は黒い瞳をすっと細めると、剣から手を離した。

「覇王を殺さねば、真の平和は望めない。」

「けれど、覇王様を殺せば、帝国がデューを一気に叩き潰します!せっかく父上が命を賭して守った領民達が、蹂躙されるのは目に見えている…それなのに、そのようなことを望むほど、私の兄は愚かではありません!!」

「既に近隣諸国とは同盟が結ばれている。帝国の犬であるルーチェも、ミシェル王がこちらの手に落ちた今、既に我らが領土も同然。それにここで覇王を殺せば、有能な後継者がいない帝国が崩壊するのは目に見えている。」

淡々と告げられる計画に、背筋がぞくりとふるえる。

「…あなたは誰?星一族とは、何者?デューの者でも、ルーチェの者でもないあなたは、何を企んでいるの?」

私は男が離した剣を持ち替えると、その首へ剣を突きだした。

けれど、もう男の姿はそこにない。

一瞬にして消えた男が立っていたところには、血溜りだけが残り、その存在が幻でなかったと証明していた。

「ミシェル様!」

私はその血溜りの前に膝をつくと、それに手を伸ばす。

ぬるりとしたそれは、あっという間に粘り気を強め、色を濃くしていった。

「ミシェル様!!」

両瞳から涙が零れ落ちる。

(こんなに出血して…ご無事なのかしら…。)

手のひらから流れ出る鮮血が、ミシェル様の黒い血と混ざり、まるでひとつになれたよう。

「許さぬ…。」

嗚咽する私の頭上で、唸るような声が響いた。

「!」

声をふり返ろうとした瞬間、私の首が掴まれ、捻り上げられる。

「おまえを殺して、その首、デューへ送ってやる…。」

「…ぐ…っ」

ミシェル様が貼ってくださっていた膏薬が音をたてて剥がれ、ルイーズに負わされた傷を更にえぐられるような痛みに呻き声をあげた瞬間。

その覇王の手に、小刀が突き刺さった。

「ぅっ!」

小さく呻いた覇王の手の力が緩み、解放された私が床へ崩れ落ちそうになった瞬間、その体を抱きすくめられる。

「なーんで覇王を助けちゃうかなぁ。」

耳元で聞こえたくぐもった声に、私は驚いて顔を上げた。

すると、真っ直ぐな黒髪に口元を黒い布で覆った男の黒い瞳と視線が絡む。

(…この声は…フィン?)

(でも、まさか?)

(先ほどの賊と同じ衣装でいるはずが)

「もー!おかげで計画が台無しだし!とりあえず、仕方ないから一緒に来てもらうよ!」

そう言うなり、私の体は宙に浮き、首に走った衝撃で意識が薄れた。