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③冷酷な夕焼けに溶かされて

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覇王の正体


「私は」

「ミシェル様。」

ノックの音とともに、久しぶりにルイーズの声が聞こえる。

ミシェル様は小さく息を吐くと、言いかけた言葉を飲み込んで起き上がった。

「なんだ。」

「急ぎお伝えしたいことがございます。」

扉の外から聞こえるルイーズの声色は、明らかに緊張している。

「入れ。」

「…いえ、できれば場所を変えたく…。」

ミシェル様は私をふり返り、じっと見つめたまま答えた。

「執務室で聞く。」

「は!」

すぐに遠退くルイーズの足音を聞きながら、ミシェル様が私の頭を優しく撫でる。

「先に休んでおけ。」

その声色も表情も緊張で冷ややかなものだったけれど、私はあえて笑みを返した。

「はい。おやすみなさいませ。」

ミシェル様は僅かに目を見開くと、困ったような笑顔を浮かべる。

(笑ってくださるようになった…。)

胸があたたかくなった私は、ミシェル様の手が離れる前にもう一度握り返した。



ミシェル様が寝室を出て、どれくらい経っただろう。

なかなか戻らない主に、ペーシュも寂しいのか小さく鳴きながらうろうろしていた。

そこへ、空気が動く気配と、遠くで静かに閉まる扉の音がする。

「にゃん!」

その瞬間、ペーシュが猫のくせに足音を立てて走って行った。

「はは、なんだ腹が減ったのか?遅くなって悪かったな。」

「にゃー!にゃー!」

「こら、ルーナが起きるだろう。おとなしく待て。」

(!)

まさか私への言葉が出るとは思わず、思わず呼吸が止まる。

カチャカチャと微かな音がする中、ようやく餌にありつけたペーシュがご満悦の声をあげた。

「ゆっくり食え。」

そう言いながら、静かにこちらへ歩いてくる足音がする。

私はなんとなく起きていてはいけない気がして、慌てて目を瞑った。

すると、少ししてそっと寝室のカーテンが開く音がする。

そして寝室の灯りが消され、服を脱ぐ衣擦れの音が響いた。

狸寝入りがわかってしまわないか、緊張する。

鼓動が早くなった時、ベッドが軋み、私を覗き込む気配がした。

「ルーナ…。」

やわらかな甘い声色と共に、優しく頭を撫でられる。

そして頬に軽く口づけられた瞬間、鼓動が爆発するように激しくなった。

(き…聞こえちゃう…。)

「にゃん。」

けれど、そこにペーシュがやって来てミシェル様の気が逸れる。

「もう食い終わったのか。早いな。」

ミシェル様は笑いながらペーシュを抱き上げたようで、ゴロゴロと喉を鳴らす音が耳元で聞こえた。

「…おまえとルーナのことは、フィンとララに任せたから安心しろ。」

(…え?)

(どういうこと?)

(まるでミシェル様がいなくなってしまうよう…。)

思わず目を開けてミシェル様を見上げる。

けれど頬しか見えないその表情は、暗闇なこともありよくわからなかった。

「ミシェ」

「~♪」

声を掛けようとした時、ミシェル様がペーシュを撫でながら歌い始める。

(レンゲソウの歌…。)

ミシェル様が唯一知っている童謡。

それを、ペーシュを撫でながら暗闇の中歌うミシェル様の心の内が、この時の私にはわからず、ただただ不安が募るばかりだった。