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短編集30(過去作品)

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身代わり



                 身代わり


 今から思えば、おばあちゃんは自分の死期が分かっていたのかも知れない。怖い話をしていた時のおばあちゃんの顔を、今でも忘れることができない。
 武藤信二は幼い頃からマンション住まいで、両親と三人で住んでいたが、ある日急に祖母を引き取ることになった。
 大きくなってからならそのあたりの事情も分からなくもないが、何しろ幼かった頃、大人の決めた事情など分かるはずもない。
 だが、子供心にも家族が増えるのは嬉しかったし、何よりおばあちゃんは優しかった。両親がともに仕事で、学校から帰ってきても母親は夕飯のしたくでまともに相手などしてくれなかった。しかしおばあちゃんがいることで、学校であったことなどを話す相手ができ、それだけでもかなりストレスの解消になったことだろう。
 子供だったので自分にたまりつつあるストレスなど分からないと思っていたが、おばあさんに話しスッキリすることで、たまっていたのがストレスだと分かった。それを自覚できたのは子供時代なのか、それともかなり経って大きくなってからなのか、自分でも分かりかねる。
「子供の頃の記憶って定かではないよね」
 大学時代だった。友達とそんな話をしたことがある。大学生といえばそういう話が一番楽しい時期であるし、いろいろな個性を持った人に出会える時期でもある。きっと大学生の頃というのが、自分の個性を一番発揮できる時期だからなのだろう。
「きっとそれは考えていることへの結論が見つかるはずはないと思っているからじゃないかな? まだ子供だから、もし結論が見つかったとしても、もっと他に違う結論があるんじゃないかと思ったり、間違った判断じゃないかと思ったりしてね。少なくとも教育を義務で受けている時期というのは、最低勉強しないといけないことがまだ残っているわけだからね」
 友達は熱く語っていた。彼のいうことにも一理ある。感心してしまったのも事実で、
「いや、なかなかそこまでは考えられないよね、でもそういえば」
「そういえば?」
「確かに子供の頃の記憶って、最近に感じたことのように思えるんだよ。きっと自分で結論を出そうとしても出ないので、結局そのままずっと頭のどこかに残っているのかも知れない」
「そうだね。時々無意識に考えていたりするんだろうね。だから最近の記憶だったように思えるのも仕方がないのかも知れない」
 そう話しながら今でも子供の頃に考えていたことの結論をみつけようと、無意識に考えているように思えてならない。
 だが、子供の頭の中が純情なのは間違いない。それでも成長を求めているので、絶えず何かを考えている。それに対して結論を導き出せない矛盾した気持ちが大人になって子供の頃のストレスに気付くのだろう。
 優しいおばあちゃんと一緒にいると、あまり深く考えることもなかったようだ。結論を求めることはあっただろうが、それも深く追求する気持ちにならない。
「子供だから、あまり深く考える必要ないの」
 おばあちゃんの目を見ていれば、無言で訴えているのが分かる。催眠術に掛かったように、あまり深く考えることはなかった。それまで孤独だなどと考えたことのなかった自分が、おばあちゃんと出会う前も、孤独だったことに気付かされたような気がして、少し皮肉な気がした。
――おばあちゃんって偉いんだ――
 何が偉いのか分からない。もし聞いても、
「おばあちゃんは偉くなんかないさ。ここにいるだけで私はいいんだよ」
 という答えが返ってくると信じて疑わない。それよりも、
「信二くんは、何もそんなにいろいろなことを考える必要なんてないのよ」
 と言われそうで、言ってもらいたい気もしたが、なぜかその言葉を聞くのがもったいなかった。聞いてしまえば、もう二度と同じことを聞けない。言ってもらいたい言葉は最後に回したかった。
 食事の仕方にも人それぞれで、好きなものから先に食べる人もいれば、おいしいものは最後にとっておきたい人もいる。信二はまさしく後者の方で、好きなものはすべて後回しだと思う性格である。もったいぶっているわけではないが、出し惜しみに近いものもあるようで、最後にとっておきたかった。
――最後でいいんだ――
 と思うと気が楽だったが、反面最後まで聞けなかったらどうしようという不安にも苛まれる。しかし、最後に聞きたいと思う言葉は、今から思えばいつも最後になって聞くことができ、そういう意味では思った通りにまわりが動いているように思える。
――願ったり叶ったりだな――
 とも思うが、却って恐ろしくもある。なぜならその言葉を言ったら最後、
――皆自分の前からいなくなってしまう――
 という考えが事実として残ってしまうからだ。
 おばあちゃんが家にやってきてから数ヶ月が経った。部屋にも慣れ、暖かい日などは、表に散歩に出かけることも多くなっていた。近所の人もおばあちゃんのことを知っているようで、
「優しそうなおばあちゃんが来てくれてよかったわね」
 と声を掛けてくれた。
「うん、そうだね」
 と答える声は晴れやかで、言葉に偽りのないことを表していた。
 おばあちゃんは時々いなくなることがあった。どこに出かけるのか分からないが、何しろ老人のため、まわりは気になる。
「おばあちゃん、困りますね。一人で勝手にいろいろ行かれちゃ」
 さすがの母も口を尖らせたが、子供心にも聞いていて気持ちのいいものではない。
「まだ私はしっかりしていますからね。心配ないわよ」
 と言い放つ。実際にそれほど心配する必要もないのではないかと思えるほど元気なおばあちゃんで、手先も器用だった。暇さえあれば手芸で編み物をしていたりして、見ていて手つきは鮮やかに見える。
「でもねぇ……」
 さすがにそこまで言われては言い返せないようで、溜息をつくしかない母の気持ちも分からなくはなかった。だが、どちらかというとおばあちゃんの方に気持ちが行っていたような気がする。
 おばあちゃんにはいろいろ連れて行ってもらった。休みの日などは遊園地にも連れて行ってくれたりして、両親もありがたがっている。一人で黙って出かけなければ、両親にとってはありがたい同居人なのだ。
――だが、一体どこに行っているというのだろう?
 おばあちゃんがこのあたりを知っているわけがない。両親や自分に連れられていかなければ、知り合いもできないに違いない。知り合いでもいてその人と出かけるのならそこまでの心配はないだろう。一緒にいてくれる人に挨拶をして頼んでけば、後は安心なのだから。
 相変わらず信二はおばあちゃんになついていた。一緒にいれば細かいことを考えないですむからで、自分にとってありがたい存在であることは間違いない。
 家に帰ってくるのが楽しみだった。
「信二は、本当におばあちゃんが好きなんだね?」
 面と向かっておばあちゃんに言われたことがあるが、
「うん、好きだよ」
 と素直に言えるのも、面と向かって聞いてくれたからだろう。
――素直な気持ちに素直に答える――
 それが信二の性格だった。
作品名:短編集30(過去作品) 作家名:森本晃次