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短編集30(過去作品)

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 あまり自分の顔を鏡で見ることのなかった手島は、きっと自分でもまともに見ることのできないような表情をしているに違いないと思う。元々自分の顔があまり好きではなかった。小学生の頃などは、か細くて肌の白さや睫毛の長さなどから、女性のような雰囲気だった。それが一番嫌いだったので鏡を見るのが嫌になったのだ。まわりからは気持ち悪がられ自分でも好きになれない顔、鏡を見たいと思うはずなどなかったのだろう。
 失くした手帳もこうして誰かによって開かれているのではないかと思うと、気が重くなってくる。自分にとって大切なネタ帳でも、他の人にとって他愛もないものなのだ。中身を見ることもなく捨てられているかも知れない。それならそれでいいのだが、今も誰かの所有物の中にあるのではと考えると、あまり気持ちのいいものではない。
 おもむろに手帳を取り出しテーブルの上に置いた。木目調のテーブルの上だとさすがに真っ赤な手帳も似合わない。他の場所ではあれだけ目立つ色なのに、木目調のような色にはあまり目立つ色ではない。木目調というのは他の色を吸収する作用があるのかも知れない。神秘的な色なのだ。
――最初に拾った時のくたびれた手帳だ――
 後から見た時は新品だったのに、またくたびれた手帳に戻っている。木目調というところが、思い出させてくれた効果なのかも知れない。
――じゃあ、あの新品に見えたのは何だったんだろう?
 彼女は怯えた表情のまま、こちらを垣間見ているが、視線はしっかりとカウンターの上に向いている。だが、そのことに触れようとしない。手元のグラスを拭いている手がわざとらしくさえ感じられる。
 そんな彼女を見ていると悪戯心が芽生えてくるのを感じた。わざとゆっくりと手帳を手に取り、捲る素振りを見せる。ビクッと一瞬肩が動いたかのようにも感じたが、なかなか彼女もしぶとい、これだけ気になっているのに、まったく知らない素振りである。きっと背中にはじっとり汗を掻いていることだろう。
 ゆっくり捲ってみてはすぐに閉じる。もちろん中が見えるわけでもなく、彼女にもそのことは分かっているはずだ。少しずつその感覚を広げていく。
――おや?
 確かに朝見た時は何も書かれていなかったはずだ。しかし今見ると字が書いてあるのが見える。書いてあるというより、字らしきものが並んでいると言った方が正解だ。思わず手帳を閉じて再度表紙を見てみる。それは間違いなく真っ赤な手帳だった。まるでミミズの這ったような字だが、手島には何となく字が読めるのだ。書いてある内容はまるで思いついたことを書いているだけなので、普通なら文章のつながりが分からない。
 手島にはそれが何を意味して書かれたものか、おおよそ見当がついた。自分が失くした黒い手帳と主旨は同じである。何かのネタ帳なのだ。そう考えて再度彼女の顔を見ると、大学時代のサークルにいた女の子を思い出した。サークルの彼女は研究熱心であり、絶えずノートにいろいろなことを書き写していたのだ。
「私あまり記憶力のある方ではないので、こうやってメモっておかないとすぐに忘れちゃうんです」
「それは僕も同じだよ。メモっていても、それをどこに書いたか忘れてしまって立ち往生することがあるくらいですね」
「立ち往生ですか。確かにそうですね。どこに書いたか忘れてしまえばにっちもさっちもいかなくなるんでしょうね」
 その時の彼女の中途半端な苦笑が意味深さを思わせ、今でも目を瞑れば思い出すことができる。
「とにかく忘れっぽいんですよ。『気がつけば忘れていた』なんて笑い話にでもなりそうな感じですね」
「僕も一つのことに集中してしまうと、まわりのことが見えなくなってしまう方で、いくらメモっていても効果がないですね」
「もし頭の中にMAXという言葉があるとするならば、それを趣味に使いたいと思うんですよ。仕事にだけ使っている人を見るのも、自分がそうなるのも、考えただけで恐い気がしますね」
 中身を読むことはなるべく控えたい。読むのが何となく恐い気がするのだ。字体はどちらかというと自分の殴り書きに似ている。内容も似ているような気がして仕方がない。
――どうして恐いのか?
 それはここでこの手帳を見ることによって自分の落とした手帳を誰かに見られていて、きっと今の自分と同じように、内容を分かる人が拾っているような気がするのだ。手島がここで読みさえしなければ、もし誰かに拾われたとして、中を見られたとしても、中は白紙であるように拾った人に見ることができないように思う。
 そう自分は拾った時には何も書かれてはいなかったではないか。あれは誰かが自分の手帳を拾って、中身を見なかったからかも知れない。
――いや、待てよ――
 今手帳を書いていた頃のことを思い出している。何かの趣味のネタ帳にしていたのだが、それが何だったのか思い出そうとすればするほど袋小路に入っていきそうで、記憶が消えていくのを感じている。
――私がここで赤い手帳を拾ったことに、何か意味があるのだろうか?
 消し去ってしまいたい過去をメモに託す。そんな思いがあったのかも知れない。二度と開きたくない気持ち、それがメモの中に……。
 そう考えればメモを見つけても中身を見てみたいが躊躇する理由も分かってくる。もちろん、純粋にネタ帳として使っていた手帳もあり、しっかり部屋に残している。とても大切なものだからだ。だが、消し去ってしまいたい思いはどうなのだろう?
 使い古され、くたびれた手帳、そして真新しく光沢に輝いている手帳、どちらがネタ帳で、どちらが忘れてしまいたい内容を書いた手帳なのだろう。ハッキリと認識できていない。失くしてしまった手帳への未練はきっとないはずだ。何しろ忘れていたくらいなのだから……。
 そしてきっとそこには何も書かれていないだろう。手島が拾った手帳に書かれていた内容は、忘れてしまいたい内容を思い出させようというもう一人の自分が存在している。その人によって作為的に作られる躁鬱症があったようにも思えるのだ。
 予感めいたものがあってこその躁鬱症。しかしそれがまったくなく、気がつけば欝状態に陥っている時、感じている自分はまったくの他人事である。
 喫茶店の中の彼女、手帳を落とした彼女、そして夢に出てきた彼女、そのすべてが幻ではないかと思えてならない。先ほど見ていたと思った夢にしても、すべてが他人事のように思えてしまう。
――手帳の存在など思い出さなければよかった――
 と、感じていたが。これも必然なのかも知れない。
――何かを思い出すため? いや、それとも忘れたいことをすべて封印してしまうために避けては通れない道?
 考えれば袋小路だ。
 今は果たしていつなのだろう? まるで昨日を繰り返しているようにも感じられる。そして何度同じことを感じていくのだろう。
 そう感じる時はいつも、目の前に置かれている真っ赤な手帳が、気がつけば新品の手帳になって、輝かしく光っているのだった……。

                (  完  )

作品名:短編集30(過去作品) 作家名:森本晃次