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②冷酷な夕焼けに溶かされて

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ヘリオス


昼食後、私はルーチェの騎士の制服に着替えさせられる。

性別が露見しないよう、デューにいた時と同じように兜を被らせてもらった。

鎧兜に身を包んだ重厚な騎士の姿で、ミシェル様に私室裏の広場へ連れて行かれる。

ここでは、ミシェル様の親衛隊や影が日々、鍛練を行っているそうだ。

「好きな得物を取れ。」

ミシェル様の言葉で、フィンが地面に武器を一式並べた。

私は、女だと露見しないよう無言で剣を手に取ると、フィンが腰の剣を抜いて盾と合わせて構える。

「まずは、フィンが相手だ。」

ミシェル様は挑戦的な笑顔で言いながら、少し離れたベンチに座った。

それを合図に、フィンが鋭く切り込んでくる。

真剣なので、当たると互いに怪我をする。

「っは!」

ギリギリのところを狙ってくるフィンに、その能力の高さを感じる。

息つく間もなく鋭く仕掛けてくるフィンの攻撃を無言でかわしながら、その癖を見極めた。

「やっ!」

次にフィンが切り込んで来る一瞬前、私は地面に置かれていたもう一本の剣を拾う。

そのまま左手の剣でフィンの剣を受け止め、凪ぎ払いながら右手の剣先をその首に当てた。

「なるほどな。」

ミシェル様が脚を高く組み直しながら、満足そうに微笑む。

「噂通り、二刀流か。」

喉の奥で笑いながら、指を鳴らした。

「では、ひとりで何人まで対応できる?」

合図と同時に、ミシェル様の親衛隊が十数名現れる。

いまのところ、私が女だと誰も気づいていないようだ。

「まずは二人。相手はヘリオスだ。本気で殺すつもりでいけ。」

ミシェル様の言葉を合図に、屈強な男たちが左右から斬りかかってくる。

「はぁっ!」

先ほどのフィンよりも動きは素早いものの、その攻撃はどれも正確性を欠いていた。

私は二人の剣先が迫ったところで、すっとかがみ相討ちを誘う。

真剣なので二人が怪我をしないよう、直前にそれぞれの剣を弾いた。

(あ!)

宙に舞った剣が弧を描いてミシェル様の元へ飛んでいき、私は両手の剣を捨て、慌ててそれを追う。

そして落ちてきた剣を掴もうとした時、背の高いミシェル様が先にそれらを掴んだ。

一瞬、兜越しにミシェル様と目が合う。

その瞳はやわらかく感じたけれど、次の瞬間、容赦ない言葉がとんだ。

「ヘリオスは丸腰だ。全員でかかれ!」

「!!」

言いながら、ミシェル様が私の首へ剣先を当てようとした。

私は瞬時に身をかわし、捨てた剣を拾おうとするけれど、一瞬早く騎士達に拾われる。

「回り込め!!ヘリオスに武器を与えるな!!!」

十数名の騎士達に一斉に斬りかかられ、私は素手でなんとか弾くけれど、防ぎきれない攻撃を受けた。

「…っく!」

小さく呻いたところに、鋭い殺気を感じる。

慌てて身を翻すと、ミシェル様が斬りかかってきていた。

「察するとはさすがだな。」

ギラギラとした目付きでニヤリと笑われ、私の闘争心に火がつく。

(これは…鍛練と言う名の、実戦訓練なのね…。)

私を取り囲む騎士とミシェル様を、ぐるりと見回した。

(とりあえず、武器を手にしなければ…。)

騎士達の中で一番弱そうな者から奪い取るか、ミシェル様の背後にある、鍛練用に用意された武器を得るか、もしくは…。

じりじりと包囲を狭めてくる皆を牽制しながら、私は身構える。

「うぉぉぉぉ!!」

そして、皆が一斉に声をあげながら斬りかかってきた瞬間、私は背の高いミシェル様に飛びかかった。

首に腕を掛け、後ろへ引き倒しながらミシェル様の手首をひねり、そのまま首に剣を押し当てる。

その瞬間、皆の動きが止まった。

「ミシェル様…。」

騎士達が悔しそうに呟く。

「…くくっ。」

喉の奥で、ミシェル様が笑った。

「あの状況で、大将首を正確に狙う腕と度胸。やはりヘリオスには敵わないか。」

ミシェル様の言葉で、ルーチェの親衛隊の敗けが決定し、それぞれが肩を落として剣を鞘に納める。

私もようやくミシェル様を解放し、跪いた。

「ご無礼をお許しください。」

小声で頭を下げると、ミシェル様は小さく息を吐く。

「本日はこれまで。」

低くそう言うと、そのまま踵を返して私室へ戻った。

親衛隊達も鍛練用の武器を抱えて解散し、広場に誰もいなくなる。

私は辺りを確認して、私室の扉を開けた。

いくつもの迷路のような回廊と部屋を通り抜け、ようやく与えられた部屋へ辿り着く。

「ふぅ…。」

久しぶりに被った兜を脱ぎ息を吐いた時、何の前触れもなくカーテンが開けられた。

「!!」

「何を驚いている。」

ミシェル様は冷ややかにそう言うと、私の前に優雅に座る。

「脱げ。」

「…え!?」

思わず身を震わせる私をチラリと見上げたミシェル様が、ニヤリと意地悪な笑顔を浮かべた。

「ヘリオスの時は勇猛果敢なのに、ルーナに戻ると途端に女になるんだな。」

言いながら、抱えていた箱を開ける。

「傷の手当てをしてやる。」

「…あ…。」

そういえば、丸腰の時にいくつか切られたのだった。

「お気遣い、ありがとうございます。でも、自分でできますので…。」

「手の届かないところがあるだろう。」

「…そこは、ララに…。」

「ヘリオスがおまえだということは、私とセルジオ、常に傍にいる影以外には気づかれるな。」

ミシェル様は、床に薬を並べて準備しながら、夕焼け色の瞳で真っ直ぐに私を見つめる。

「この傷を見られぬよう、着替えも、入浴も、しばらくはララを近づけないようにしろ。」

「…はい。」

私は小さく頷いたものの、やはり服を脱ぐ勇気が出ず、胸元をぎゅっと握りしめた。

すると、ミシェル様がため息を吐きながら、立ち上がる。

「脱がぬなら、脱がせるぞ。」

そして肩に手を置かれた瞬間、私は慌てて背を向けた。

「じ…自分でやります!」

ミシェル様から見えないように前を隠しながら、上着を脱ぐ。

「背中だけ、塗ってやる。」

低い声と共に、背中にひやりとしたものが触れた。

ピリッと痛みが走るけれど、それをいたわるように、優しくなぞるように薬を塗るミシェル様。

その優しさに、胸がきゅっとしめつけられる。

「…女なのに…。」

ポツリとこぼれた言葉に、自分の体がデューでの鍛練や戦場で負った傷だらけなことを思い出した。

(…恥ずかしい!)

思わず身を縮め、前を隠す上着に顔を埋めた時、手のひらで優しく背中を撫でられる。

「これは、勲章だ。」

「!」

意外な言葉にふり返ると、少し熱を帯びた夕焼け色の瞳と目が合った。

「誇りに思え。」

「!!」

この傷だらけの体を見られると、必ず私が『ヘリオス』と気づかれる。

だから、兄は『わかっているな。』と言った。

夜伽でもし露見した時は、ミシェル様の口を封じろ、と。

けれど、こんなふうに『勲章』と言ってくれる人の命を奪うことなど、できない。

初めて、ヘリオスである私と女である私、どちらも認めてくれたこの人の命を…。

私は真っ直ぐなその夕焼け色の瞳を見つめ返すことができず、顔を逸らす。

すると、後ろからぎゅっと抱きすくめられた。