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短編集29(過去作品)

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砂塵と影



                砂塵と影

 ガヤガヤと賑やかな中、昔だったらこんな喧騒とした雰囲気は一番苦手だった。いきなり響く突拍子もない笑い声、黄色い声に混じって、奇声とも取れる声こそ、モノを考えている時は元凶そのものである。
 学生時代から、一人でいる時間を大切にしていた私こと三沢孝蔵は、本を片手に喫茶店に寄ることが多かった。もちろん、友達と一緒にいる時間が少ないというだけで、友達との時間も、自分ひとりの時間も大切にしているそんな性格だった。
 だが、一人でいる時間が増えてから友達の誘いを断ることが多くなったのも事実で、
「ごめん、今日はいいや。皆で行ってきてくれ」
 と、私にだけ誘ったわけではなく、私がその他大勢の一人の時は断りやすい。
 特に学生時代など、友達に誘われていくところというのは、ほとんど決まっていた。講義が終わり、その足で街に出て、夕方まではブラブラ、覗く店も決まっている。それはそれで楽しいのだが、一度自分一人の世界を知ってしまうと、今度は億劫になってくる。
 その他大勢の中に入るのを断るだけだから、
「あいつは付き合いが悪いな」
 ということにはならないだろう。毎回断り続けているわけではなく、集まりが悪い時は一緒に行動する。うまく立ち回っていた。
 私は一人でいる時は、必ず本を持ち歩いている。本屋には頻繁に寄っていて、まだ読みかけの本や、手をつけていない本があるにもかかわらず、次の本を物色している。本屋で本の背を眺めながら本独特の匂いを嗅いでいるだけで、何となく優雅な気持ちになるのは、まんざらでもあるまい。
「本には魔力があるからな」
 本を読むと眠くなることが多かった私に、そう話してくれた友人がいた。彼は「魅力」ではなく「魔力」という言葉を使った。
「どんな魔力なんだい?」
「時間を感じさせない魔力さ。単純なことなんだろうが、俺は魔力だと思っている」
「確かに時間の感覚が麻痺してくるな。でも当たり前のことだと思っていたが?」
「そうだよ、当たり前のことだよ。でも、往々にして当たり前のことが見逃されがちの昨今、あまりにもモノを考えなくなってきているんじゃないかい?」
「考えることが減ってきているっていうのは、言えてるね。何事も『確かにそうだ』の一言で片付けてしまうところがあるからね」
 そういう意味では、私はよくモノを考えている方だと思う。他の人の話を聞いたことがないのでよく分からないが、絶えず何かを考えている。我に返った時に、
――何かを考えていた――
 と思うことも多かった。何を考えていたか覚えている時もあれば、完全に忘れてしまっている時もある。完全に忘れてしまっている時など、きっと想像もつかないようなことを考えていたようで、忘れてしまったことを悔しく思うこともしばしばだった。
 考え事をしている時というのは、歩いている時や電車や車での移動中、特に車での移動中など、カーラジオが流れている中で考えることもあった。時々、考えていたことを思い出すこともあるが、思い出すと、窓から見える風景もさることながら、その時に流れていた音楽なども一緒に思い出せるから不思議だった。
 一人でいることが好きになった理由は、考え事をしていることを自覚し始めたからかも知れない。それまでは漠然と歩いていて考えることが多かったが、喫茶店で一人になった時でも考え事はできるものだ。元々喫茶店に行くようになったのは、馴染みの店を持ちたいという気持ちと、買ってきた本をゆっくり読みたいという思いが一致する場所が、喫茶店という空間であることに気付いたからだ。
 特に本を読むとすぐに眠くなる体質、コーヒーはそんな心地よさを集中力に変えてくれる。
 大学に入るまで飲めなかったコーヒーも、先輩に連れて行ってもらった喫茶店で飲むようになって、飲めるようになった。別に飲まず嫌いというわけではなかったのだろうが、あの苦味は高校時代まで受け付けられなかった。
――コーヒーは、やっぱり気持ちに余裕がある時に飲みたい――
 と感じるようになった。最初こそ、気持ちを落ち着かせるために飲むものだと思っていたが、本を読むために寄る喫茶店。最初から落ち着いた気分にさせてくれるのは、
――一人でいたい――
 と感じた瞬間からに違いない。
 友達といる時とは違った自分である。本を読んでいても、急に違うことを考えたりすることもあるが、そんな時には完全に時間の感覚は忘れている。
――ああ、もうこんな時間か――
 と感じることも多く、思わず表を見るとすでに日は落ちていて、車のヘッドライトが眩しく感じることも珍しくはない。
 いくつか馴染みの喫茶店を持っているが、その時々の気分で変えている。
 本を読みたい時に立ち寄る喫茶店、友達や常連さんと話をするための喫茶店、静かに雑誌でも読みながら、クラシックを堪能したい喫茶店。クラシック喫茶は腰が埋まってしまいそうなほどクッションの深い座席なので、眠たくなった時に寄ったりしている。
 その日の私は、ちょうど読みたい本があったので、本を読むための喫茶店を選んだ。
 店の名前は喫茶「ジャスティ」、これといった特徴などない普通の喫茶店で、利用する人のほとんどは待ち合わせだろう。場所も駅前ロータリーに近いということもあり、待ち合わせには好都合だ。
 二階へ上がるためには、一度中二階になっている踊り場を抜けてから上がるような、妙な造りになっている。踊り場の途中に鉄の扉があり、その前には、壊れた椅子が放り出されていて、扉は使われていないようだ。最初に見た時には違和感を感じたが、今では慣れたのか、当たり前の光景になっていた。
 自動ドアになっていて、入ると両側から観葉植物が迎えてくれる。何という木なのだろうか? 南洋地方の植物なのは間違いなさそうだ。
「いらっしゃいませ」
 ウエイトレスの一人が気付いて声を掛けてくれると、奥からも、
「いらっしゃいませ」
 という声が響いてくる。どこにでもある駅前喫茶店と変わりない光景だ。
 会社の帰りともなれば、すでに店に入る頃には真っ暗で、ネオンサインの眩しさが目立っている。
 いつものように窓際へと歩み寄ると、ウエイトレスも分かっているのか、私が行く前に窓際の席を目指して水を運んでくる。
「コーヒー」
「かしこまりました」
 挨拶代わりの注文であった。お腹が減った時、たまにメニューを覗くこともあるが、ほとんどはコーヒーしか頼まない。ロータリーから押し出される人の群れを見ながら、いつものように腰を下ろした。待ち合わせをしている人は窓際に陣取っているので、駅から出てくる人の群れを乗り出すように窓ごしに覗き込んでいる。見ていると実に愉快な光景である。
――今日はいつもより少し人が多いな――
 漠然とだが、駅から出てくる人の群れを見ながら感じた。そして喫茶店にもう一度目を戻すと、
――あれ? こんなに人がいたのかな?
 と思えてならない。
 入ってくる時、それほどの多さは感じなかった。それが窓際の席から眺めると明らかにいつもより多い。
――また、考え事をしていたからかな?
作品名:短編集29(過去作品) 作家名:森本晃次