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短編集27(過去作品)

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 さっきの西洋屋敷を過ぎてからもすれ違う人はかなりいた。それなのに、なぜ表を見ていて誰も見かけなかったのか、今でも不思議である。
 おじさんが途中まで迎えに来てくれていると聞いていたが、すれ違わなかった。
「どこを歩いてきたんだい?」
 と言われたが、
「駅から一直線にですよ」
 と答えるだけだった。
「おかしいな、ここは一本道しかないので、すれ違わないわけないんだけどな」
 戻ってきたおじさんは頭をかしげていた。新宮が嘘をついていないことをちゃんと分かっているのである。新宮もおじさんが真剣に不思議がっているのが分かっているだけに、不思議で仕方がないのだ。
 まわりにいた人も同じだった。おじさんの家には、おばさんとおばさんの母親がいるのだが、特におばあさんは不思議そうに頭をかしげている。何かを知っているのかも知れないと思う新宮だった。
「そういえば、以前にも同じような経験をしたことがあります」
 とおばあさんが呟いた。
「それはいつ頃のことだい?」
 おじさんがすかさず聞いてみる。
「あれは私がまだ娘時分のことだったね。かなり昔の話だよ」
 いかにも昔話っぽい想像が頭に浮かんできた。
 おばあさんは目を瞑って話してくれた。
「あの頃はまだこのあたりは開発されていなくて、民家もほとんどなかったんだよ。だけど、遊び場には困らなかったね。何しろ空き地はいっぱいあったし、舗装なんてされていなかったからね。道の横にはいろいろな草が生えていて、よく採って食べていたものだよ。場所にしても今和彦君が歩いてきた道だったはずだよ」
 お茶をいっぱい口に含んでいた。ゴクリと喉が鳴ったかと思うと、湯呑みをトレイの上に置いた。
 おばあさんは続ける。
「私はその頃、友達と少し仲たがいをしていて、いつも謝らないといけないと心を痛めていたんだよ。その時の私は自分が悪いのに意固地になってしまっていて、なかなか謝ることができなかった。元々が頑固なところがあって皆も分かってくれていたので、きっと長引くことはお互いに分かっていたことだと思うんです。で、そんな頃に友達の家におつかいを親から言われて行ったんですが、何しろ娘だったから相手の人も気を遣ってくれて、向こうからも迎えに来てくれようとしたんですよ。でも、結局逢えずじまい。お互いに話をしていても同じ道を通っているし、時間的に必ずすれ違うはずなのに、すれ違わなかった。お互いがいたところまで来てしまったわけだね。もちろん、今だになぜだか分かっていない。世の中には不思議なこともたくさんあるものだということで、その話はそれから誰も話すものはいなくなったという話です」
 ほとんど同じシチュエーションではないか。新宮の場合はその途中に西洋屋敷に寄ったというだけで、それも表を見ていたのだから見逃すはずがない。それに関しては絶対の自信がある。
「その時、何か気になることがありましたか?」
 新宮はそれでも何か共通点になることがあるのではないかと思い、聞いてみた。
「気になるといいますか、まわりに家など一軒もない時でしたからね。ただ、歩いていて途中にある墓地がやたらに気になっていたのを覚えています。あそこを歩くのは昼間でもあまり気持ちのいいものではないですからね。特に女の子は皆怖がっていたんじゃないかな?」
 確かにその情景を目に浮かべると気持ちのいいものではない。できるならそんな道は通りたくないことだろう。自分でも避けたくなるに違いない。
「時間的には何時頃ですか?」
 新宮は昼下がりだった。
「それは夕焼けが綺麗な時間帯でしたね。夕焼けに映える道を見つめていた記憶がありますからね」
 夕焼けはそのものよりも、それによって映し出された世界の方が神秘的に見えるものである。それは新宮にも想像がついた。
 目の前に写った世界が神秘的であるほど、影が印象的であることも分かっているつもりだ。
 昼下がりの道を歩いている時も影を意識していた。後ろから刺しこんでくる日差しが足元から伸びる影を作っているのだ。さすがに日差しが高いためか、歪に感じられたが、実際には綺麗な影だったように思う。
 影は自分の目の位置からでしか綺麗に見ることができない。少しでも位置がずれると、それは歪にしか見えず、歪んだものにしか感じないのだ。影とはかくも不思議なものだと思うのはその一点からでも想像できる。
 夕焼けが作る影も印象的だ。夕焼けはまわりを平面的に見せるもので、影がなければ、本当に平面のように見えるかも知れない。それだけに、薄くても影を探している自分に気付くのだが、それも普段から足元を見て歩いているからではないだろうか。
 夕焼けの色は、照らされている方の色が好きである。空を染めている色も好きなのだが、照らされて影を作っているところに神秘性を感じる。
「まさしく焼ける色だよな」
 友達が言っていた。カラスが鳴いていれば、それこそ秋を思わせる。夏の暑い時期の夕焼けはそれだけでもホッとさせられる。
 身体の汗がオレンジ色に光って見える。日焼けした肌がさらに濃く見え、昼間うだるような暑さだったことを思い起こさせる。夕焼けにはいろいろな効果があるようだ。
 新宮は夕焼けが好きである。気だるさを秘めてはいるが、どこからか心地よい風が吹いてきそうで、それが嬉しい。秋への入り口と感じることができ、空を見上げていわし雲でも発見できればそれだけで、落ち着いた気分になれるのだ。
 墓地の近くを歩いている時に、よく夕日を浴びる時間が多いのを思い出した。おばあさんが墓地の話を持ち出したから思い出したのであって、話が出なければ忘れていたことだろう。
 墓石がオレンジ色に光っているのを見ると、線香の色までオレンジ色に感じられる。墓地といっても霊園に近い感じで、規則的な段になったところに綺麗な花がいつも生けられている。一番眠りを誘う時間帯でもあった。
 夕焼けの時間は「凪」の時間でもある。途中までいくら強い風であっても、その時間帯だけは完全な無風である。ほんの一瞬でも意識していなければとても感じることのできない時間帯は、魔物が現れる時間帯としても昔から恐れられていた。現在でも事故が多く、「魔の時間帯」として恐れられている。
 事故が多いというのは聞いたことがあり、その根拠も聞いてみれば、なるほどと思えるふしがある。特に夕焼けなどのように色がついている時は起こりやすい。なぜなら、その時間帯だけ、目の錯覚からか、モノクロに見えるからだという。
 影が影ではなくなる時間帯とも言えなくはないだろうか。影が遠くの闇に隠れてしまうのを感じた時、幻のようなものを見るのかも知れない。モノクロに見え、しかもハッキリとしているはずの影が確認できなくなる。それでは事故も増えるはずだ。
 友達を事故で亡くしたこともあった。
 あれは高校生の頃で、影というものを漠然とだが恐ろしいものだということを認識し始めた時だ。それまでも恐ろしいという気持ちはあったのだが、事故に繋がったりするものではないと考えていた。
 黒い部分に、まるで血に染まったようなドス黒さが滲み出ている。黒さを含んでいるので、見分けがつきにくいが、明らかに黒ではない。
作品名:短編集27(過去作品) 作家名:森本晃次