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短編集27(過去作品)

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 白いワンピースが黒い車に乗り込むシーン、まさしく話のラストにふさわしいシーンだった。そのまま車に乗り込もうとした彼女が新宮を一瞬見たのだ。思わず頭をぺこりと下げる新宮に彼女は微笑みかけた。
――あれがピアノの女の子なんだ――
 耳の奥にピアノ曲が爽やかに奏でられている。たった一度見ただけだったが、ピアノの音が聞こえてくるだけで、その時のシーンを思い出すようになった。一瞬だったにも関わらず、その瞬間がいつまでも続くのではないかと思えたのは錯覚だったのだろうか?
 空き地を通り過ぎ、それからすぐに空き家になった西洋屋敷を横目に見て何度も歩いているうちに、新宮もピアノの彼女くらいの歳になっていた。
 まわりの女の子が気になり始め、なぜいつの間に気になり始めたか分からずに戸惑っている時期だった。大人の女の話は悪友から嫌というほど教えられていたし、成人本なども見せられていたので、知識だけが先行し、なかなか感情がついてこない不安定な精神状態であった。
 身体の発育が著しいのは自分でも分かっていた。女性の身体の発育がそれにも増して著しいのも分かっている。きっと女性の方が戸惑っているんだと思いながらも次第に高鳴ってくる女性への想い、それを抑えることは不可能だった。
 妙に大人っぽい女性も神秘的だが、それよりも白いドレスの女性のことが頭から離れなかった。誰かを好きになったとしても、それは白いドレスの女性をイメージしてのことで、いつも彼女を追いかけているようだった。
 白いドレスの彼女に大人っぽさは一切なかった。今から見れば子供っぽく感じるかも知れない。しかし、その時はどちらも感じなかった。ただ、
――なんて綺麗な女性なんだ。あんな人がこの世にいたなんて――
 大袈裟だがそこまで思っていた。白さが綺麗さに拍車をかけたことは認めないといけないだろうが、それ以上に神秘的なイメージが頭の中に植えつけられていた。
 白い色というのは光を反射させる効果があり、熱を吸収するものではない。それだけに美しく感じさせるに違いない。
 空き地はあれからすぐになくなった。そこには今区画整理でバイパスが通っているようだ。西洋屋敷だけは残っているのだが、昔のような白さはすでになく、蔦が絡まってしまっている。
 中学時代というと中途半端な時期でもあった。身体の発育に精神状態がついて来れないのもこの時期で、ニキビ面が何とも気持ち悪く、真剣に悩んだりした。実際に顔面ニキビだらけという友達もいるが、気持ち悪くて近寄りたくなかったりする。そのくせ自分にもその嫌なニキビがあるのだから、これほど嫌なことはない。人を見て自分を思い知らされるのだ。
 それは肉体的なことだけにとどまらない。精神的にも同じことが言えるもので、特に女性を見ていてそれを感じる。
 友達が集まれば女性の話だ。
「あれ、いい女だよな」
「ああ、でも俺はあっちの方が色っぽくて好きだぜ」
 などと言った会話をしている時の友達のニヤけた表情、見るに耐えないものがある。しかし、そんな会話に聞き耳を立て、同じことを考えている自分がいるのを分かっているだけに、そんな自分が嫌で嫌でたまらないのだ。
 同年代の女の子ばかりがどうしても目に付いてしまう。発育が著しいのもそう見えてしまう原因なのだが、制服に包まれたその奥の身体を想像してしまうからである。大人の女性も魅力的なのだが、なぜかあまり意識がなかった。友達にそんな話をすると、
「それはきっとお前が相手にされないと思っているからだよ」
 と言われた。
「そんなものかな?」
 と、その時は半信半疑で聞いていたが、考えれば考えるほど、その友達の話には信憑性がある。
 西洋屋敷の前でしばし佇んでいた。風が吹いてくるのを感じ、心地よかった。それまで暑い時期だったので、いくら秋の気配が忍び寄っているとはいえ、暑さを忘れることはできない。しいて言えばこの間までうるさくてたまらなかったセミの声を聞かなくなったのが秋の気配を感じさせるのだろう。
 セミの声一つで季節の違いを感じさせるのだから、セミの声というのもすごいものだ。手の平で庇を作りながら眺めている。眩しさは夏の日差しそのものだ。しかも白い壁、あの時の白い帽子の彼女を嫌でも思い出してしまう。
 少し門の中に入ってみた。
 人が住んでいる時は、さすがに誰もいなくても小学生の新宮に入る勇気はなかった。それだけ建物の雰囲気に圧倒されていたのだ。
 しかし今は廃墟と化している。しかも、子供の頃に見たイメージと中学生のイメージでは、かなり大きさに開きがあって当然だ。あれほど大きくて圧倒された建物が今ではただの二階建ての家、近くで見ないと本当に当時のことが思い出せないような気がしたのだ。
 彼女を乗せるために黒い車がいつも止まっていた位置まで歩を進めた。立ち止まって見上げるようにまわりを見つめる。建物を見上げると、さすがに大きさが思い出された。
 今度は入り口を見つめてみた。門の表からは結構な距離に感じたのに、門の中から表を見ると意外に近いのでビックリさせられた。
――彼女はこんな距離から僕を見ていたんだ――
 と感じ、少し門の外を凝視する時間があった。
 どれくらいの時間が経っただろう。表を歩く人は誰もいないのを不思議に思った。
 このあたりは昔と違い、ちょっといけば新興住宅街が立ち並んでいるので、人通りがまったくないなど考えられない。しかも見ているうちに、さっきまで見ていた門が小さく感じられるのだ。それは距離が遠ざかっているという感覚ではない。ただ門が小さく見えてくるのだ。
――じっと見つめているからだろうか?
 瞬きだけで、後は門を見つめているだけだった。
 かなしばりに逢っていたのだろうか? 気がつけば身体の力が抜けていて、思わずその場に座り込んでしまいそうだった。汗をぐっしょりと掻いていて気持ち悪い。だが足取りは来た時よりも軽く、門の外に出ることができた。
――誰かに見つめられていたような気がする――
 と感じたが、きっと気のせいであろう。人の気配はまったくなく、照りつける太陽の眩しさだけが、身体に容赦なく降り注いでいる。
 表に出ると、さらに足取り軽くその場から歩くことができた。目的地のおじさんの家まで、これならば苦もなく行くことができるだろう。
 おじさんの家はそこから約十五分、少し距離はあった。だが中学生の頃であれば十五分などそれほど苦になることもない。逆にゆっくり歩くと余計に疲れてしまうほどである。
 何事もなかったように歩き始めると、そのあたりは最近来ていなかったこともあって、少し変わっていた。新興住宅が増えたのは話に聞いていたが、何もなかった丘の上に立ち並んでいる家を見ると、それこそかなり来ていなかったことを今さらながらに思い知らされた。
 おじさんが住宅街に家を建てた時は、まわりに何もなかった。その頃しか知らない新宮には、丘の上の家は眩しく見える。太陽に照らされて光っている屋根は目を逸らしてしまいたいほどで、眩しさは目に痛かった。
 歩きながら車の通りを見ていると、運転手は女性が多い。さすがに昼間の時間は主婦の買い物が多いのだと理解したが、歩く人もちらほら見かけられる。
作品名:短編集27(過去作品) 作家名:森本晃次