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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅺ

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「副局長が見送りに来てる。局長と三人で酒仲間だったらしいもんね」
 吉谷はクスリと笑うと、美紗のほうに顔を寄せた。
「空幕(航空幕僚監部)人事のヒトが言ってたんだけどね、内閣審議官のポストに日垣1佐の名前が挙がった時、統合情報局の局長と副局長も日垣1佐を強力にプッシュしたんですって。それで、彼も引くに引けなくなっちゃったみたい。さすが、空幕長候補と言われる人は、上にも下にも人望が厚いわよね」

 統合情報局の主要幹部たちとひとしきり挨拶を交わした日垣は、やがて、左手に花束を抱えたまま長身の背をまっすぐに伸ばし、右手を正帽のひさしに当てた。キャリア官僚である副局長が会釈で応え、部長クラスは一斉に敬礼して挨拶を交わした。それが合図となったかのように、見送りの列に並ぶ自衛官たちが、次々と挙手の敬礼をする。
 日垣は、同じく挙手の敬礼で彼らに応えながら、人垣に沿って歩き始めた。他の転出者も日垣の後に続いた。見送りの列が、彼らを先導するかのように、敬礼の波を描いてゆく。背広の面々は拍手を送り、通り過ぎる転出者たちに十度の敬礼で惜別の意を示した。
 美紗は、所々で歩を緩めながら徐々に近づいてくる日垣貴仁をじっと見つめた。再び、激しい淋しさに胸がいっぱいになる。
「日垣さん」
 自分の前を通り過ぎようとする日垣貴仁の名を、無意識のうちに呼んでいた。
「日垣1佐、ご栄転おめでとうございます」
 ほぼ同時に発せられた吉谷の快活な声が、美紗の口からこぼれた言葉をかき消した。日垣は、二人にわずかに笑いかけ、歩きすぎて行った。

 人垣の先端までたどり着いた転出者たちは、見送る面々を見渡せる位置に進み出た。そして、揃って挙手の敬礼をして最後の別れを告げた。一層大きな拍手が彼らに送られ、見送り行事は滞りなく終了した。
 人垣を作っていた人間たちが、静かにばらけ始める。
「美紗ちゃん、ちょっといい?」
 事務所に戻ろうとする美紗を、吉谷はやや険しい表情で呼び止めた。