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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅺ

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(第九章)アイスブレーカーの行方(4)-無言の花束②



「ちらっと聞いたんだけど……」
 吉谷がためらいがちに話し始めた時、職場に戻りゆく人波の中から「吉谷さあん!」と叫ぶ声が聞こえて来た。
 強烈なパッションピンクの上下を着た大須賀が、はち切れそうな胸を重そうに揺らしながらのろのろと走ってくる。その後ろを、正帽を被った直轄チームの面々が、大須賀とほとんど変わらないスピードで歩いていた。
「ああ、『王子様』が行っちゃったあ。もう明日から仕事来たくないっ」
「ちゃんと日垣1佐の見納めできたんでしょ? ご栄転の『王子様』を祝福してあげなきゃ」
「でもお、この心の穴をどうやって埋めたら……」
「後任の1部長に期待したら?」
 吉谷が呆れ顔で後輩をたしなめている隙に、美紗は、傍を歩き過ぎようとする松永の後について、吉谷から逃げようと試みた。しかし、大須賀が間延びした声で彼を呼び止めてしまった。
「松永2佐ぁ。次の1部長ってどんな人なんですかあ?」
「西野1佐って陸の人間だ。俺の昔の上官なんだが、レンジャー出身で」
「レンジャー? まさか、ヒグマみたいなオヤジだったりしないですよね」
 露骨に眉をひそめる大須賀に、松永は珍しく大きな笑い声を上げた。
「ヒグマか! まさに言い得て妙だな。西野1佐は、縦横にデカいし声もデカイし、せっかちで気が荒いときてる。前任者とは見てくれも中身も思い切り真逆だ」
「最悪じゃないですかあ! 『王子様』の後がヒグマなんて耐えられない!」
 大須賀は駄々をこねる子供のように大きく首を振った。パッションピンクに包まれた胸がこれ見よがしに跳ねる。それをちらりと見やった3等海佐は、愛嬌のある丸顔を彼女に寄せた。
「心配ご無用。『王子様』ならここにもいるだろ?」
「……何言ってんのこのヒト」
 化粧の濃い顔がギロリと睨んでも、小坂はいかにも慣れた様子でにやけた笑みを浮かべた。
「今日は愚痴でもこぼしに飲み行かない? 『王子様』がごちそうしてやっから」
「言っとくけど、今日のアタシ、飲んだら絶対暴れるからね」
 大須賀は鼻から大きく息を吐くと、一人のしのしと歩き出した。一方の小坂は、ガキ大将のように歯を見せ、吉谷と美紗に向かって意気揚々とVサインをした。そして、飛び跳ねるように大須賀の後をついて行った。